顔のことはほっとけ
大事な日はちっとも早起きできないくせに、なんでもない休日に早起きしてしまって時間をもてあます。仕方ないからとりあえず朝ごはん食べながらアニメを見ていたら面白くて、気がついたら昼になっていた。せっかく早起きしたのに私の午前中はどこへ消えた。
時間を無駄に使いすぎてへこんだので、せめて午後くらいは有意義なことをしようと、美容院へ行ってきた。前髪も鬱陶しくなってきたし、ついでに色んな用事を済ませようという魂胆である。
とりあえず電話をしてみたら、四時ごろなら空いているということだったので、その時間に予約をいれる。
さて、四時か。することがない。
そう思ってパソコンをいじっていたらすぐに三時になった。私の昼下がりはどこへ消えた。
午後を有意義に使おうと決めてから三時間をムダにしたわけである。これ以上のムダは許されぬ。
私は三時になった段階でそう決意し、すぐに出かける準備を始めた。外は寒い。防寒具としてマフラー(赤と青のエスニック柄。いろんな人にオシャレだといわれるが、皮肉かもしれない)を巻き、手袋を装着して自転車にまたがる。
まず目指すべきは薬局である。歯磨き粉やシャンプーが切れ掛かっているのを思い出したのだ。
えっちらおっちらと自転車をこぎ、少し遠い薬局まで出かける。ひぃ、ふぅ。
私の通う美容院が遠くにあるので、そちらのほうの薬局に行こうと考えたのだ。冷静に考えたらオシャレな美容院に薬局の袋を提げていくのはかなりかっこ悪いのだが、この時点ではまったくそんなことは考えていなかった。
薬局で会計をしていると、後ろから声をかけられた。もしやナンパ!?と思いながら振り返ったら当然そんなことはなく、後輩の女の子がたっていた。
「こんにちはー、霞先輩」
「こんにちは」
「珍しいですねぇ、こっち側いるの」
「これからこの辺にある美容院にいくとこなんだー」
「あー、前髪かなり鬱陶しいですもんね」
「鬱陶しい!?」
「あ、間違えました。鬱陶しそう、です」
ニコニコと笑いながら言われたので、内心かなりひやりとした。私の前髪が多方面から鬱陶しいと思われていないか、心配である。
そもそも髪を切りに行くのが面倒くさくて、ギリギリまで我慢してしまうので、慢性的に髪の毛がうざったいのだ。今後は気をつけねば。
その子とはそこで別れ、次は本屋に向かう。好きなマンガの新刊が出ていたので購入。ここまでで用事はほぼ済んでしまったのだが、四時まではまだ十数分残っていた。
仕方がないので、本屋の自転車置き場で自転車にまたがり、買ったばかりのマンガを読む。私は本を読むのが早いほうなので、そのままそこで読みきってしまう。
鬱陶しい前髪をした奴が、本屋の自転車置き場でマンガを読みふける……なんだか切なくなる状況だ。完全にオタクである。
無事に読み終わったところで時間がきたので、美容院まで向かう。
荷物を預かってくれるので、カバンと薬局で買ったものを渡す。ビニール袋を渡す時に、ちょっとばかし恥ずかしい思いをした。生活感丸出しの中身だったので、今後気をつけよう。
千円割引のカードがあったので受付でそれを渡すと、待合室に通された。私はこの美容院の待合スペースというものが苦手である。ヘアカタログでも見ていればいいのかもしれないが、あんまり熱心にヘアカタログを見ていると自意識感情だと思われないか心配になるのだ。
かといってヘアカタログのようなものをまったく見ないのも、自分の外見に無頓着な人っぽくて好きではない。その結果、チラリと雑誌を見てそれを机の上においたまま、携帯をいじっている人になってしまう。
十分すぎるほど自意識過剰なので、この際潔くヘアカタログを眺めたいものだ。
そもそもヘアカタログというもの自体が曲者で、「この髪型にしてください」とは非常に言いづらい。こういった雑誌にのっているのはたいていがイケメンで、それを指差すということは「私はこんなイケメンになりたいのです!」と宣言するも同じだからだ。
というわけで、私はいまだに曖昧な言葉で髪の毛を切ってもらっている。まぁ気に入ってなくはないからいいんだけどさ。
しばらく待っていると呼び出されたので向かうと、今日のシャンプーは受付にいた女性がしてくれるようであった。
しかしこの女性、非常に手際が悪い。首元にシャンプーハットのようなアレを巻くときも、よれているのをなかなか直せないでいたし、シャンプーも力が弱くて撫でられているだけのようである。首元の泡も流しそこなっていた。
その上、「終わったのでお席へどうぞー」と案内されて立ち上がったら、首元にしたたる水滴。髪の毛ちっともふけてないよ!もっと力強く!
仕方がないのでタオルをとってもらって、自分で拭く。首元について水滴って、どうしてあんなにも気持ち悪いのだろうか。
髪を切るのはいつもの人がやってくれたので、一安心である。まかせられる。
雑談をしているときに、「イケメンだけど性格が悪い人と、不細工だけど性格がいい人ならどっちがいいかという質問はおかしい」という話になった。
私は「イケメンはそもそも顔がいいという点で人に優しくされがちだし、クラスでも悪いポジションにはならない。顔がよければそれだけで、性格もよくなりがちなのだ!」という主張を展開した。
しかしそれに対して担当さんは、「まぁ顔が悪いのは変えられないけど、性格なら頑張れば変えられるだろうし、頑張るしかないんじゃないかな」と、なんと私を励ましてくださった。
もうこれどう考えても私、「顔も性格も悪い奴」だと認識されているのではなかろうか。見えなくてもいい美容師さんの心の中が見えてしまった気がする。
きっと悩み相談だと受け取られたのだと信じることにする。でもそれにしたって、「顔が悪いのは変えられないけど」は、心にくるものがあった。
しかもその後、首元の邪魔な毛がはみ出している部分にバリカンを当てられた。私はバリカンが苦手だ。あの振動はくすぐったいし、もしも当て方を間違って皮膚を切られたらどうしようと不安になってしまう。そのため、バリカンを当てられているときは、半笑いのような表情になってしまう。
「お客さん、その顔」といいながら、担当さんに笑われてしまった……くそう、やっぱり私のことを不細工だと思っているな。返す言葉もない。
まぁいい。今日は薬局で、少しお高い入浴剤を買って来たのだ。頭もスッキリしたことだし、ゆっくりと湯船につかって気持ちを整えよう。
と思ったのだが、よく考えたら私は美容院に買い物袋を忘れてきた。一つやると一つ忘れる鳥頭……。ほんとうになんとかならぬものか。
うう、美容院遠いのに……。
というわけで、ちょっくら取りに行ってきます。これにてさらば!