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そんなに奥までいれちゃイヤ

日常

 暑くなってきて髪の毛がうっとうしくなり、美容院へむかった私。カリスマ系美容師にカットされ、イケメンの手によってシャンプーやマッサージを施されて、最高にいい気分。

 ごきげんで晩ご飯をつくり、風呂にはいってシャンプーをしていたところ、口の中で不意に、「ガリッ」という音が。

 「えっ、うそっ!?歯が欠けた!?」

 私の口の中にいる眠れる森の美女(親知らず)は、いったいどうなっちゃうの~!?

 というのが前回のあらすじです。

 取り出してみたら明らかに歯の欠片で、「こりゃやべぇ」と全身に震えが走る。

 前々から違和感はあったのだ。明らかに外側に飛び出してきてるし、ほっぺたの内側をこするから時々痛いし。

 歯が欠けるまで放置していた自分の神経を疑うが、いよいよ見過ごせない事態と相成ったわけである。私の眠れる森の美女は、少しばかり寝相が悪い。

 残念ながら翌日は日曜日なので、歯医者はやっていない。歯科医よ、日曜も午前中は診察してくれぬかのう。病身の自分を抱えておるのは、心細いのじゃ。

 そうは言っても医者だって人間。休みたいものは休みたい。

 文句を言っても仕方がないので、引きこもったまま月曜日を待つ。

 ほんとうは朝イチで歯医者に走ろうと思ったのだが、朝起きれなかったので昼ごろ起き出してから向かう。痛みよりも睡眠欲のほうが強いらしい。

 受付で「診察をお願いしたいんですが」と伝えると、「はい、ご予約ですか?」と聞かれた。もちろん予約などしていない。

 予約はないと言ったら、「本日は予約で埋まっておりまして、別の日にご予約をしていただいて、改めておこしいただけますか?」と答えられる。

 いつなら予約できるのか尋ねると、次の金曜日まであいていないとのこと。

 「うるせぇ!私は今この瞬間、寝相の悪い眠りの森の美女に殴りつけられてるような気分なんだよ!いいから医者を呼べ!」と言いたいのをこらえて、おとなしく予約をする。

 しかし困った。いまこの瞬間に眠れる森の美女が目を覚ましてもおかしくないというのに、医者に診てもらえるのは五日後。あまりに絶望的である。

 仕方がないので、もっとはやく見てもらえる医者をネットで探す。うーん、ここは遠い…ここは予約が埋まってる…。

 なんとか翌日に診察している歯医者を見つけたので、即決で予約した。まずは状態を診てもらわないことには、おちおち昼寝もできやしない。

 そして翌日、遅れてはならぬと少し早めに家を出る。

 キコキコと自転車をこぎながら、この辺かなーと路地を曲がる。当然そこは見知らぬ世界。

 迷った……?

 家を出て十五分そこらの場所で迷うとは、思いも寄らなかった。こんな入り組んだ場所があったのだなぁ。

 新しい眺めになんだか少しわくわくしながらも、引き続き歯医者を探す。このときはまだ時間に余裕があったのだ。この時はな。

 私が目指す歯医者は山のふもとにあった。そのあたりは住宅街になっていて道が上がったり下がったりしており、うねうねと繋がっている。

 私はその道をいったりきたりしていたわけなのだが、ついに自分がどこにいるのかも分からなくなった。そもそも普段行かない場所なのだ。

 おまけに住宅街だから、道案内の看板もない。見知らぬ町に取り残されたような不安感を覚える。

 十分ほどさまよい、約束の時間五分前。歯医者の歯の字も見えぬ。

 いよいよ困り果てて、道端にいた郵便局のお兄さんに道を尋ねるも、「いやぁ、私もこの辺を知ってるわけではないので」と冷たく返されてしまった。

 歯医者のサイトには「道に迷ったときは電話をしてください」と書いてあったので、ヘルプを求めるも終始通話中。おのれ、期待させておいて電話に出ぬとは何事じゃ。

 携帯電話の地図を見ても、ここは一体どこなのよ状態である。

 それでもなんとかたどり着こうと、じわじわと移動をする。そしてふっと見覚えのある建物が畑の向こうに見えた。

 あ、あれこそが、私が捜し求めたエデンの園!ついに姿を現したぞ!

 ネットで見ていた写真と相違ない、あそこが歯医者だ。場所はわかった。

 しかし問題がある。

 目の前には広大に広がる畑。みたところ左右に道はない。

 もしかして、筋を一本間違えると、かなり戻らなきゃいけない…?

 不穏な気持ちを覚えながらも、引けなくなってしまった私はなぜか前に進む。きっと大回りすればあそこまでたどり着けるに違いないぜ!

 結論から言おう。私は失敗した。明らかに、違う方向につながっている道しか見つけられませんでした。

 仕方なく来た道を戻って、中に入る細い道を見つけたので、そこから歯医者までたどり着いた。

 問診表を渡されて、チェックボックスを埋めていく。なんだか最近こんなの書いてばっかりだな。

 とにかく親知らずが痛いということと、ついでに他の歯も診察してくれという要望を書いておいた。せっかく歯医者まで来たのだ、診れるところは診てもらわねばな。

 受付のお姉さんに問診表を渡すと、「ちょっといま込み合ってるので、一時間ほどお待ちいただくことになりますがよろしいですか?」といわれた。

 な、ん、じゃ、そ、りゃー!!

 遅れちまっては大変だ、と必死に自転車をこいだ私の努力はなんだったのだ。

 診てもらいたいので「じゃあ帰ります」ともいえず、しおしおと「大丈夫です、待ちます」と伝える。急ぐ必要なかったんじゃん。

 予約の時間にはどっちにしろ来るべきだしな。あらかじめ場所をきちんと調べておかなかった私が悪い。急ぐハメになったのは、私の方向感覚の欠如の問題だ。

 仕方ないのでしおしおとイスに座り込んで、院内を見渡す。ちょうど小学生の下校時刻とかぶったのか、制服姿の少年が何人かいた。

 成長期を控えた少年たちの、棒のような手足。滑らかな褐色の肌。すばらしい。

 バレないように少年たちを眺めていると、新たな来院者が現れた。

 「すみませーん、トイレ借りもいいですか?」

 「はい、どうぞー」

 お母さんとおぼしき女性が、子どもをトイレへとせかす。帰り道で我慢できなくなっちゃったのか、分かるよその気持ち。

 何気なくそちらに目をやると、小学三年生くらいの少し長いおかっぱ頭をした女の子が慌ててクツを脱ぎ捨てていた。

 そしてその少女はなんと、自分の股に手をおしあてて、「トイレどこ!」と言いながらかけていくではないか。なんともマニアが喜びそうな光景である。少女趣味がないのが、残念である。

 そうこうしているうちに、ナースに名前を呼ばれた。ふぅやれやれ、ようやく診てもらえるぜ。

 奥の診察台に通され、軽く説明を受ける。初診だったので、まずはレントゲンや口内の写真を撮るらしい。

 レントゲン室では機械の上にアゴをのせて、先端が手前に折れ曲がった棒を咥えさせられた。変な光景だろうなぁと思って一人で笑ってしまう。

 次に口内写真をとるということで、透明な器具で口をめいっぱい広げられて写真を撮られた。いや、そんなに広げちゃだめぇ、といった心境である。

 少しつらかったのが、口を大きくあけて奥まで大きな鏡をさしこまれ、歯の裏側の写真を撮られたことだ。

 奥歯のほうまでしっかりいれなければならないため、なかなかの力で押し込まれる。

 「うぐっ」

 「大丈夫ですかー?」

 「うい(はい)」

 「じゃあもうちょっとだけ押し込みますねー」

 「ぐっ!?」

 こんなやり取りをしながらさらに写真をとられる。く、苦しい……。

 なんとか乗りきると、こんどは先生に口の中をチェックされる。もうどうにでもしてください。

 診察が終わると、親知らずの状態をつげられた。なんでも斜めにはみ出してきていたせいで、歯ブラシがとどいておらず、虫歯になってしまっているそうな。

 それでもろくなった部分が欠けて、今度はとがった部分が下の歯の歯肉を傷つけていると。

 邪魔だし危険なので、親知らずは抜くことになった。とりあえずその日は抜けないので、日を改めて抜くことに。

 なんだ、今日はなにもしないのかと安堵しかけたところで、先生は告げた。

 「じゃあ今日はとりあえず、とがっている部分を削ってしまいましょう」

 え、歯を削るんですか!にっこり笑ってなにやら器具をいじり始める歯科医のおじさんに、医者特有の押しの強さを感じる。

 こいつからは、削るといったら削るってぇ"覚悟"が感じられるぜ。

 親知らずを抜いた経験はあっても、歯を削られた経験はないので、思わず手を固くにぎりしめる。

 「そんなに力まなくても大丈夫ですから」

 笑い混じりに言われる。なんだ、私はビビりすぎなのか。

 実際に処置はあっという間で、痛みなどないままに歯を削られ、詰め物をされましたとさ。

 その後、詰め物についての注意をされ、無事に開放される。舌で親知らずをさわってみると、確かに少しだけ、邪魔なとんがりが消えているような感じだ。

 薬をもらってお金を払い、次の予約をしてから私は家へ帰った。

 あいたたた、歯が痛むので今日はここまで。

 次回は抜歯編です。なんだかやたらと長くなってしまっていることだよ。