いつだって上書き保存

 昔から自分ってけっこう忘れっぽいな、と思っていた。なんで忘れてしまうんだろうと時々考えていたが、最近なんとなくその理由がわかってきた。

 私は記憶がすぐに上書きされてしまうのだ。

 だからやることが少なかったりすると、わりと記憶力がいい。

 しかし並行作業が増えだすとダメだ。たぶん一つのことに夢中になってしまう性質なのだろう。

 例えばこの間のことだ。

 

 私はその日、知り合いと約束をしていた。借りていたマンガを返して、そのマンガの続きを借りるという約束だ。

 ちなみにこのマンガは月刊誌で連載されているのだが、新刊が出るまで借りっぱなしにしていた。読み終わったのは今年の四月くらいなのに、すっかり返すのを忘れていた。

 そろそろ家を出ようかなと思ったけど少し早かったので、忘れないようにマンガの入った紙袋を部屋の出口の近くにおいておく。

 さて、家を出る時間まであと五分ほどある。別に早めに出てもいいんだけど、どうしよっかな。

 迷う私の目がとらえたのは、たまっていた洗い物だ。

 そうだ、ちょうどいいからササッと洗い物をすませて出かけちゃおう!空き時間を活用して洗い物なんて、私ったらしっかり者ね。

 フンフンと鼻歌を奏でながら、茶碗やコップを洗う。鍋は時間がかかるので、今は後回しだ。

 思ったより時間をくってしまって、終わってから時計を確認したら一分オーバーしていた。慌てて家を出る。

 家事をしてからでかけるしっかり者の自分に、ゴキゲンになりながら自転車をこぐ。

 洗い物一つで調子にのりすぎだって?いいんだよ、私は私を褒めて伸ばすのだ。一人暮らしだから誰も褒めてくれないしな。

 あぁ、はやく恋人を作って 「洗い物はオレがするよ」「えっ、いいよいいよ、料理したのぼくだし」「じゃあ二人でしようか」なんて甘いやりとりをしたいものである。

 狭い台所で並んでるせいで腰とかが触れ合い、そのたびにドギマギとする私。

 洗い物が終わってそそくさと離れようとしたら、スッと肩に手を回されてそのままリビングのソファへ。

 肩にまわされた手が自然に腰までおりてきて、困惑しながら隣の彼を見上げたら、そこにはまっすぐに私を見つめる視線――。

 あぁダメだよそんな晩ご飯食べたばっかりなのに!

 でも抗えない……!

 お父様、お母様。私は頭の中にお花畑を作り上げて幸せにすごしております。

 どうぞ結婚について仄めかすのをやめてくださいませ。

 妄想の世界に旅立っていたら、目の前を学生の集団にふさがれた。

 この私の進路をふさぐとは。腹痛に襲われるも友達に言い出せなくて苦しむ呪いをかけてやる。

 背中に呪いをかけながらどいてくれるのを待っていると、なんだか何かを忘れているような気がしてきた。

 えっと、なんだっけ。私はいま何をしに行ってるんだっけ。

 マンガ忘れたーッ!!

 とりに戻ろうかとも思ったが、すでにかなり家から離れてしまった。

 ガックリと肩を落として待ち合わせ場所に向かう。

 すでに待っていてくれた友人は、「いいよいいよ、新刊読み終わったらどうせ返してもらわないといけないし、そのときに返してよ」と優しい言葉をかけてくれた。

 ありがとよ、優しさが胸にしみるぜ。

 木枯らしの吹く街を、背を丸めながら帰ったのであった。

 こんな具合に、「ちょっと別のことを」と思ってそっちに集中しだすと、すぐに記憶が上書きされてしまう。

 ついでに私自身がそそっかしいので、忘れたことを思い出そうともしない。

 書いていてへっぽこすぎて悲しくなってきたので、長所も探すことにする。

 最初も書いたが、私は集中力だってそれなりにあるのだ。

 そしてその集中力が最大限に活かされるのが、趣味の読書の時である。

 …………。

 読者からの「勉強とかじゃないのかよ」という無言の圧力を感じる。

 いや、へへへ。ちゃんと勉強のときも集中してるでヤンスよ?

 ただやっぱり人間って、自分が好きなものに夢中になりやすいじゃないですか。

 しかも集中力が活かされるというか、単純に読み終わるまで続きが気になって離れられなくなるというのが正しい。

 小学校くらいのころは本を読み始めると続きが気になってしまって、ずっと本ばかり読んでいた。そのせいで親戚につけられたあだ名は「本の虫」だ。

 最近はネット小説にハマっている。

 最初は「ネットに書いてあるのなんてたいして面白くないでしょ」と侮っていたのだが、これがめっぽう面白い。

 内容もかなり充実しているし、個人で書いてる分いろんなものに気遣いがないので自由だ。

 文体もいろいろで、笑わせどころではしっかり笑わせてくれる。

 なによりタダで大量に読めるのがいい。

 しかし一つ問題がある。

 一冊という区切りがないので、果てしなく読み続けてしまうのだ。

 おかげさまでネット小説を読むようになって寝不足の日が続いている。

 私の「終わるまで読み続ける」という欲求の強さと、「お手軽無料大量」というネット小説は、相性がよすぎるのだ。

 というわけで、ダメなのに~!と思いつつひたすら小説を読む日々だ。幸せ……。

 自分の欲求の断ち切り方がわからない。

 あれ、おかしい!長所の話をしていたはずなのに、いつの間にかダメダメな生活を暴露している!

 うーんこれはいかんぞ。長所、長所……。

 とにかく自己アピールというものが苦手なので、自分の長所も思いつかぬ。

 悪い人間ではないはずなんだがのう。

 あ、一度にいろんなことをやってるとうっかりしちゃう茶目っ気とか?

 茶目っ気のある二十代男性。字面だけ見るとすばらしい。

 ということで、私は今日からお茶目キャラとして自分を売り出していこうと思う。

 まずは洗い物をしてる間に話しかけられて、流すのを忘れるとか……あ、マズい!洗い物の最中に話しかけてくれる人がいない!

 ていうか誰に対して自分を売り込めばいいんだ、いったい。

 イヤな事実に気づいてしまった。

 どうやらまず私は、長所を見出してくれる誰かと出会う必要があるようだ。

 ハッ!もしかして私になかなか出会いがないのは、ことあるごとに幸せそうなカップルやらに呪いをかけているから!?

 こんなところで呪い返しを食らうとは……、神様ごめんなさい。もう二度と幸せそうなカップルがいたからって呪いをかけたりしません。

 よしよしこれで神様も私を許して、出会いを授けてくれるに違いない。

 ていうか「人を呪わば穴二つ」って言うけど、幸せそうなやつらを見て嫉妬の炎で身を焦がしている上に呪いまで返されて、墓穴しか掘ってなくないか?

 かくなる上は物語の世界に逃げ込んで、この記憶も上書きしてしまおう。グシッ。

 泣いてなんか、ない。