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ムーンライトパワー メーイクアーップ!

 懐かしのアニメのセリフでごきげんよう、霞です。

 昨夜は中秋の名月であった。アルバイトをした帰りの電車の中で、窓から空を見上げてみたのだが、確かに美しい月であった。

 しかし私の残念な脳みそは、そこですぐに「あ、月見団子が食べたい」という方向に思考をつないでしまって、お陰さまで帰りの電車の中でグーグーとお腹をならしてしまった次第である。

 隣に座っていた同僚に、「霞さん、そんなお腹すいたの?」と笑い半分で聞かれてしまった。もしかして、月の美しさよりもとにかく食い気の人間だと思われてしまっただろうか。由々しき事態だ。

 しかし、自分が月より団子派であることは否めない。この世に生を享けて、すでに20年と少し(曖昧にぼかしてみる)が経とうとしているが、私はいまだにまともな月見団子というものを食べたことがないのだ。

 いつかは食してみたいものだ、明るく輝く月を見ながら、月見団子を。ていうか月見がしてみたい。明るい月の下で、おいしいものを広げ、月の光で清めた酒を飲むのだ。酒といっても私は下戸だから、たぶん缶チューハイとかだけど。悲しい。

 どうせなら、赤い盃にそそいだ日本酒を、キューッと飲み干すくらいのことはしたい。一杯くらいなら大丈夫かな、急性アルコール中毒で運ばれてしまったら嫌だな…。

 私はとことんお酒に弱い。どのくらい弱いかというと、そこらのコンビニで売っている缶チューハイの半分も飲めば、真っ赤になってしまう。それで酔えるのだから経済的ではあるが、酒の楽しみを知れないのが切ない。

 もちろん酔っ払う楽しみは存分に味わっているがな。

 しかし簡単に酔っ払ってしまうせいで、年下にまで「先輩、酒弱いッスね」などと笑われる始末だ。

 酷いときなど、どうやら私は酔っ払っていつの間にか寝てしまっていたらしく、目が覚めたら後輩の膝枕で寝ていた。酒万歳。

 なんの話をしていたのだったか。そうだ月見だ。

 月見と言えば、夏目漱石の有名な逸話がある。

 生徒が「I love you」を「我君を愛す」と訳したのを聞き、「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と答えたのだそうだ。

 つまり彼の頭の中では、日本式「I love you」は「月が綺麗ですね」なのである。なんとも奥ゆかしくて、かわいらしい告白だと思う。

 なので、せっかくだし、用法を考えてみた。

 友達のショウタに「月見しようぜー」と誘われて、彼の家に向かったコウキ。家に着いてみると、なにやら大きなリュックサックを背負ったショウタに出迎えられる。

 ショウタは

 「じゃあ、行くか」

 と、行き先も告げずにコウキを後ろにのせて、涼やかな夜風をきりながら自転車をこぎ始めた。

 コウキは、ショウタの背負ったでかいリュックにしがみつくようになりながら揺られ、着いたのは近所の大きな公園だった。

 「ここで月見?」

 「おう」

 「そ、そうか…」

 コウキは少しだけ戸惑ってしまう。なぜならそこは、夜はカップルがひしめいてピンク色になることで有名な公園だったからだ。

 コウキのちょっとした戸惑いをよそに、ショウタは着々と花見の準備を始める。リュックの中には、食べ物と酒がいっぱいだった。

 「じゃあ、乾杯といきますか!」

 すきとおった月の光の下で、盃のかわりの紙コップに酒をついだショウタが嬉しそうに笑う。太陽とか、蛍光灯の下で見る笑顔と、空にぽっかり浮かぶ夜の明かりの下で見る笑顔はなんだか雰囲気が違って、少しだけドギマギしながら乾杯をした。

 それから、おなか一杯になるまで食べて、酔いがまわってクラクラしてくるまで飲んだ。普段は空気読めなくて、季節のものにも疎いショウタが、月見団子なんてしゃれたものを準備していたので、それも食べた。

 二人でダラダラしゃべっていたら、芝生に寝転んだショウタが月に団子をかざして、ぼーと空を眺めていた。

 「なにしてんの?」

 「どっちも同じくらい真ん丸で、大きさもこうしてれば同じくらいなのに、片方には絶対手がとどかないんだなーって思ってた」

 「なにそれ」

 半分笑いながら返したら、ショウタがこっちに顔を向けてくる。半分笑ったような、半分泣いてるような、奇妙な表情だった。月の光のせいで、目が錯覚を起こしたのかもしれない。

 ポツリと言った。

 「月が、綺麗だな」

 こっちを見つめながら言ってくるのがなんだか照れくさくて、思わず視線を逸らしながら答える。

 「こっち見ながら言うなよ、月をみて言え、月を」

 「それもそうだな」

 ショウタが改めて、空を見上げながら言った。

 「月が、綺麗ですね」

 「そうだな、月が綺麗だ」

 そう返したら、ショウタがチラリと目を向けてきた。コウキは悪戯っぽく笑って、ショウタの手の上に自分の手を重ねながら笑った。

 「夏目漱石くらい、知ってるっての」

 二人の月見の夜は、まだ続く。

 こ、こんな感じで、どうだろうか(ゼェハァ)。いや失敬。息が荒いのは、少しばかり興奮しているからです。こ、こんなピュアフル(?)な恋愛してみたい!

 私の脳内スクリーンには、月の下で二人がどんな風に結ばれ、この後どんな関係を築いていくのかが百通りくらい浮かんでいる。しかし、美しい月と比べて、あまりにも下劣な妄想なので、それを書くのはやめておこう。月に替わってお仕置きされてはたまらない。

 それにしても、月の影の中に男が二人とは、なんとそそるシチュエーションであろうか。私の熱く滾る暗い欲望で、二人の間を吹き渡る風が濁らなければいいのだが。

 男同士のくせに、「月が綺麗ですね」なんて、月の美しさに託してしか相手に想いを伝えられないというのもときめく。

 そうよね、「好きです」なんて直球勝負はできないわよね、だってそれは道ならぬ恋。伝わるか伝わらないか、そういう微妙なラインで自分の気持ちを伝えるという行為に、私は鼻血を吹き出して喜ぶ。

 なにかのフェチかもしれない。

 おそらく私は、そういう表現に垣間見える、「あぁ、伝えたい。だけど伝えたくない。もうどうしたらいいんだ」という葛藤に悶絶しているのだと思う。萌えである。

 自分の思いの強さ故に伝えたい気持ちを抑えきれず、かといって露骨にそれを出すわけにもいかず、苦肉の策として自分の気持ちがいっぱいにこもった別の言葉を差し出す。

 それでこそ愛というものではなかろうか。

 いつかは私も、誰ぞに「月が綺麗ですね」などという婉曲な言葉で、気持ちを伝えたい。しかしそのためには、そういう婉曲表現から気持ちを汲み取ってくれ、なおかつうまい返しをしてくれる人を好きになる必要がある。

 選り好みをしている場合じゃないぞ、私!葛藤だとか婉曲だとか、そんなことを言っている暇はない!

 いっそ「好きです」と叫べる男らしさを身に付けたいので、美しい月にお祈りをしておくことにする。