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叶える気のない片想い

 最近の私には気になる人が居る。どれくらい気になるかというと、「今なにしてるのかな?」と考えてしまって夜も眠れなかったり、抱き締めたくてたまらない気持ちを抑えて、かわりに枕を抱きしめたりしてしまうくらいなのだ。

 そんな彼は、私のバイト先によくあらわれる少年である。年齢13歳、中学一年生。困った時も嬉しいときも、とにかく笑顔を見せてくれる上、それが最高にかわいい純朴系褐色ボーイである。

 彼はいつも一人で勉強をしていて、「まだ帰らないの?」ときいたら「親が迎えに来るまで帰れないから」と、困ったような笑顔で語る。

 どうにも親御さんが厳しいらしく、勉強する時間を決められているらしい。

 色白メガネのガリ勉タイプではなく、テニスをやって真っ黒に日焼けしてきたり、「あ、こんにちはー!」と明るく挨拶をしてくれたりと、彼は快活だ。

 勉強に厳しいけど、きっとそれくらい大切にされているのだろうなぁと勝手に思っていた。

 しかしこの間、彼の口から気になる単語が飛び出してきた。

「今日ちょっと長めに勉強してるけど、家の自由時間どうなるのかなぁ…」

 なんと、彼は家でも自由時間や勉強時間を決められて、学校のように生活をしているらしい。

 育ちざかりで遊びたいざかりの中学一年生男子が、部活と勉強ばかりの毎日で、家での自由時間まで親に管理されるとはこれいかに!

 人んちの教育方針に首をつっこむのは野暮だと分かっているが、それでも私はびっくりした。中学生の生活ってそんなものだっけ?

 もちろん家によるのだろうけど、個人的にはそんながんじがらめな生活からは、逃げ出したいなぁ…。

 「ただいまー」と、玄関から叫ぶ。奥の方から母の「おかえりなさい」という声が聞こえてくる。

 夏の日差しにさらされた目は、ひんやりと暗い家の中をうまくとらえることができず、暗緑色に見せている。まるで深海の洞窟に入り込んだみたいだ。

 「今日は七時まで勉強なさいね?その後、ご飯を食べてお風呂に入ったら、自由にしていいわよ」

 少しだけピリピリしたものを含んだ、母のお決まりの言葉だ。ちょっとでも文句を言おうものなら、そのピリピリは強さを増して、ぼくに向かってくる。

 おとなしく「はーい」と返事をして、部屋に上がる。学校の課題を済ませて、母が買ってきた問題集を進められるだけ進める。

 帰ってきたときには、太陽が元気に照らしていた窓の外は、気が付けば薄暮に包まれていた。なんとなく窓を開けてみると、遠くから近所の子どもたちがさよならを言い交す声が聞こえてくる。

「じゃあねー」「またあした!」「ばいばーい」

 それを聞いていたら勉強する気も起きなくなって、もうすぐ七時だしと下におりてみた。

 母が晩ごはんのしたくをしていたので、「今日の分終わったし、手伝うよ」と机の上を拭いたり、お茶をついだりする。

 父はいつも帰ってくるのが遅くて、食卓を挟んで母と二人でごはんを食べる。食事中にあまり話すタイプではないので、もくもくと食べる二人の間に、空々しいバラエティー番組の笑い声が響く。

 母が言うには、「お父さんはたくさん働いて私たちのためにお金をかせいでくれてるんだから、帰りが遅いことに文句をいっちゃだめよ」だそうだ。だけど、一番それを不満に思っているのが誰か、ぼくは知っている。

 夜中に、お酒の匂いをさせた父が帰ってくるのを待つ母は、嬉しそうなような、寂しそうなような、なんとも言えない表情をするのだ。ぼくはその度に、胸の中が少しだけちくちくする。荒くなめした毛皮で、肌の表面を撫でられているような気持ちになる。

 さっさとお風呂に入って、逃げるようにして自分の部屋に向かう。この時に母親の機嫌が悪かったりしたらアウトだ。「もう一時間勉強なさい」なんて言われたら、たまったもんじゃない。

 この日はなんとか無事に部屋に上がれたので、寝るまで好きなことをして過ごせた。

 彼の笑顔の裏にこんな家庭環境が潜んでいたらどうしよう…!

 いや勝手に妄想しといてなんですが、家の中に「自由時間」が設けられているのは、私にとってこれくらいの衝撃なのだ。

 私が小学生の時は、「宿題をする時間」とか「夜寝る時間」は決められていたけど、そこまで厳しくもなかったし。

 こんな厳しい家庭環境におかれている彼が、処世術として身に付けたのがあの笑顔だったりしたらどうしよう。彼のかわいらしい笑顔の裏には、いろんな苦しさが詰まっているのだ。

 そんなもろもろを抱えて微笑む、私の天使。うっ、涙と汗と妄想が止まらない。

 ある日突然抱えきれなくなって泣きだしちゃって、抱き着かれたりしないだろうか。そしたら私は何も聞かずに、「はいはい、大丈夫だよ」なんて言いながら抱きかかえて、椅子に座ってそっと背中を叩いてあげたり、頭を撫でてあげたりしたい。

 できれば「泣き顔もかわいいけど、笑顔のほうが好きだなぁ」なんて言いながら親指で濡れた頬を拭って、そこにキスしたい。

 それで「わ、な、何するんだよ…」なんてちょっと頬を赤らめて、できればその時だけは唇をとがらせて戸惑ったように言われたい。

 フンハー!叶わぬ夢がとめどなくあふれ出すぜ!

 なんだったら家出して私のところに来てくれてもいい。あったかいスープと、たっぷりお湯の入ったお風呂と、ふかふかの布団で出迎えよう。もちろん私の腕枕つきである。

 普段ちょっぴり足りていない愛を、供給してやろうではないか。

 おっと読者諸君。ここで不穏な妄想をするのはよしてくれたまえ。私は清く正しく彼をもてなすだけであって、決して邪なことなどは考えておらぬよ。

 まぁうっかり風呂のドアを開けてしまったり、気が付いたら腕枕だけでなく背中まで手が伸びていたり、彼がつかった後のタオルの匂いを嗅ぐくらいはするかもしれないが、許してくれたまえ。

 かわいい男子は世界の宝なのだ。純潔をうばうようなことはほにゃららら。

 しかし気になる。彼は今頃なにをしているのだろう(いまは午後の八時十九分)。私の妄想通りなら、お風呂に入っている時間帯である。

 気になる、気になりすぎる。彼は頭から洗う派だろうか、体から洗う派だろうか。体を洗うとしたら、きちんと上から洗うのだろうか。まさかあそこから洗ったりしないだろうか。背中や足の指の隙間はちゃんと洗えているだろうか、流してあげなくて大丈夫だろうか。

 ふぅ。とめどなくあふれ出る妄想は湯水よりもきりがないので、今夜はこのくらいで勘弁してやろう(額をぬぐう)。

 いつもこれだけ色んな妄想にさいなまれながらも、私はいまだに清く正しい身の上である。「男が貞操観念高くてどうすんだ」とは、愛すべきクラスメイトの言葉だが、余計なお世話じゃ!

 むしろ、これだけ普段我慢しているのだ。たまに妄想をしながら、ニヤリと邪な笑いをもらすくらい許してほしい。

 はぁ、こんな妄想も大きな懐で受け止めてくれ、なんだったら実行してくれる素敵な男子は落ちていないかしら。

 でももし現実のものとなったら、今のこの悶々として心がきゅうきゅうと締め付けられるような切なさは味わえなくなるのね。それはもったいない。

 もしかして私の幸せとは、叶わぬ妄想に身を焦がしながら、寝床の上でもんどりうつこと!?

 そんな切なすぎる人生にならぬよう、今後はもうちょっとばかし精進しようと思う。

 ていうかこれって恋なのか?なんか違う気がする。