その手触りは恋

 前回に引き続き、今回も少年の頭を撫でた話しをしようと思う。なに?お前は少年の頭にそんなに気軽に触っているのかって?

 そんなわけあるかこのコンコンチキめ!!そこになおれ!!

 いいか、私はな。少年の頭部に触れる際に、石臼で挽かれるそば殻のように、二つの気持ちに挟まれてゴリゴリと心を削られているのだ。

 「もしも気安く頭なんぞに触れようものなら、うっとうしがられてしまうのではないだろうか」という不安と、「ああそれでも触れたい。なでなでしたい」という愛ゆえに生まれる抑えがたき欲求である。

 そんな二つの相反する気持ちに挟まれながらも、少年の頭に触れ、なでることが出来た時の嬉しさときたら…。そして高校生にもなって頭を撫でられる少年の、恥ずかしそうながらも少し嬉しそうな表情ときたら!!

 この世にこれほど私の心をときめかすものは他にないのである。嘘です、他にもたくさんあります。

 いかん話が逸れてしまった。私が少年の頭をなでなでした時の話に戻ろう。

 彼は褐色の肌でまるっこい顔の形をした、どんぐり眼の男の子だ。つぶらな瞳と純朴そうな笑顔は、柴犬を思い起こさせる。柴犬といっても、子犬ではなく成犬でもない。子犬から育ちはじめ、これからさらに育っていくだろうという、元気いっぱいに走り回っている時期である。まさに少年期。

 そんな彼の坊主頭を見ながら、私は昔から気になっていた疑問をぶつけてみたのだ。

 「坊主頭の人って結構いるけどさ、そういう人が髪の毛を短くした時に、髪を『切った』っていうのがいいの?『剃った』って言うのがいいの?」

 自分でもびっくりするほどくだらない質問である。しかし仕方ない。これは私が子供の頃から気になっていた問題なのだ。

 坊主頭の友人が髪を短くして現れるたびに、「髪切った?髪剃った?な、なんて言うべきなんだ…」と声をかけずにいた毎日に、ここで終止符をうつ!

 「どっちかと言うと剃ったの方が近いッスね」

 なるほど、そうなのか。それでは今度から、坊主頭の友人には「髪剃った?」と聞けばいいのだな。これでこれからは、坊主頭とも散髪の話題ができるぞ。

 顔をほころばせて私がお礼を言うと、彼は言った。

 「でも、刈ったの方が一番しっくりくると思います」

 なん…だと…?

 私の今までの悩みは、まるで見当違いのものであったのだ。切るも剃るも正しくはない。もっとも正しいのは、「刈る」であったのだ。

 なんてことだ。仮にも文学部の私が、その程度のことにも気付けないなんて。

 ということで、目から鱗が十枚くらいポロポロと剥がれ落ちた。私は今までずいぶんと自分の世界に閉じこもって悩んでいたようだ。これからは「刈る」という言葉を、きちんと選択肢にいれるようにしよう。

 微妙なショックを受けつつ、少年と雑談を続ける私。

 坊主頭の話題から、あのチョリチョリは撫でると気持ちがいいという話題になった。

 ふっふっふ、諸君、御分かりであろうか。この流れまで含めて私の策略である。

 すべては、「坊主頭を撫でると気持ちいいから、撫でていい?」と聞くための布石であったのだ!(嘘)

 しかしここまで完璧な流れがあるので、「撫でていい?」と聞いてみる。

 気のいい野球少年は、「別にいいッスよ」と笑顔を見せてくれる。かわいい。動悸が激しくなって、肋骨を打楽器に心臓がメロディーを打ち鳴らしている。

 ドキドキしながら頭にタッチする私。そのまま手のひらを左右に動かしてみる。

 ショリショリショリショリ。

 その感触を、みなさんにどうお伝えすればよいだろうか。

 少年の髪の毛は思っていたよりも柔らかで、手のひらをくすぐる手触りは刈ったばかりの青々とした芝生のようであった。決して手の圧力などには負けず、すぐにまっすぐ身を起こす一本一本の髪の毛は、へこたれてもすぐに立ち上がる少年の心をうつしている。

 形のいい丸い頭は、撫でていてうっとりするほど心地よい。思わず懐に抱きしめて頬ずりをしたくなってしまった。もちろんそんなことはしていないので、ご覧の皆様ご安心ください。

 そして何よりも、頭を撫でられるために微妙にこちらに頭を差し出してくれる少年の素直さ。頭を撫でられている時に、くすぐったいのか少し頬の緩んだ表情。

 私は心の中がもだもだとして、そわそわと落ち着かない気持ちになった。

 帰ってからも思い出すたびに、枕をぎゅうぎゅうに抱き締めたり、ポコスカと叩いてしまいたくなるようなときめきであった。

 ここまで書いていて思ったことを一つ。

 私ときたら、少年の頭を一つ撫でるだけで、この有り様である。このままでは、とても恋愛などできぬのではなかろうか。

 なぜならば恋人になれば、頭をなでる以上に頭を撫でられたり、もしかしたら抱き合ったりするかもしれぬ。私の軟弱な心臓が、そのようなことに耐えられるのであろうか。

 もしもかの坊主少年に頭を撫でられたり、抱きしめられたりすれば、私は鼻血を吹き出して卒倒する自信がある。

 そんな自信は要らないのだが、あるったらある。

 むむむ、ここはもうしばらく少年の頭を撫で続けることで、耐性をつけることとしよう。

 そしてこの思いつきは、断じて下心ゆえの思いつきではないことを、最後に記しておくことにする。