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南国の体臭

 ………ハッ!?こ、ここは…!?あ、あのすいません!今は西暦何年の、何月何日の何時ですか!?

 思わず「未来から、予期せぬ時代へ飛ばされてしまった、タイムトラベラーごっこ」をするが、時計が指し示す時間は変わらない。2013年の5月23日、4時10分である。

 なんで現実逃避をしているのかというと、私は4時半から美容院の予約をしていたからだ。私は美容院難民で、今住んでいる場所に引っ越して以来、行きつけの美容院を探し続けている。今回は小さいが雰囲気がよさそうな美容院を予約していた。

 時間が空いてしまったので、「美容院の時間までシエスタしちゃお★」と横になったら、見事にいびきと涎を垂れ流して、時間ギリギリまで寝過ごしたのだった。なんだか最近、遅刻してばっかりだなぁ。

 部屋着を新幹線以上の速度で脱ぎとばし、ミサイルが着弾するかのように普段着へと体をねじこむ。急いでいるとはいえ、さすがにTシャツとジャージの部屋着で、美容院には行けんぜよ。

 慌てて部屋を飛び出し、自転車に乗ってシャカシャカとペダルを回す。頭の中では「はしる~はしる~おれ~た~ち~」と、サンプラザ中野さんが熱唱している。ちょっと黙っててください、それどころじゃないんです!

 思っていたよりも早く美容院が近づいてきたので、これなら間に合うかもと考えながら信号待ちで一息ついていると、道端に様子のおかしな女の子が。自転車の脇にたって、ブツブツ言いながら何やら後輪をいじくりまわしている。

 信号待ちだし、なんとなく放っておくのも忍びない気がして声をかけてみた。

 「あの、どうしたんですか?」

 「あ、すいません。あの、えっと、スカートが後輪にからまっちゃって、もうマジ最悪で」

 彼女は小粋なカンカン帽をかぶり、水玉のヒラヒラとしたカーディガンを羽織って、フワフワとした素材のロングスカートを履いていた。後輪を見てみると、ロングスカートの生地がやわらかかったこともあいまってか、見事に車軸に絡まってしまっている。

 弱り切った表情で、「すいません、すいません」と繰り返す彼女(おそらく一つか二つくらい下だろうか)に、世話焼き心がうずいて、後輪からスカートを外すのを手伝ってあげる。

 むむむ、思ったよりもずいぶんと深く絡みついてしまっているようだ。車輪を反対側に回しながら、少しずつ布を引きずり出す。

 「す、すいませんが、バイト先に遅刻の電話をしてもいいでしょうか…?」

 「いいですよー、その間になんとかこれを…」

 消え入りそうな声で尋ねられたので、快くオッケーしてから、スカートをほどく作業に戻る。電話口でも謝罪の言葉を繰り返す彼女に、「ああ、ほんとに参ってるんだなぁ」とよくわからない感慨を抱く。

 作業を続けた結果、無事に彼女は自転車の後輪から解放された。

 「すいません、ありがとうございます!」

 またすいませんって言ってる…。

 「いえいえ、無事にとれて何よりですな。破れちゃってますけど、大丈夫ですか?」

 「大丈夫です、このスカートもう捨てるんで。ロングで自転車に乗ると危ないんですね」

 「そうですねー」

 「気を付けてくださいね」

 「僕は男なので、スカート履かないですよ!大丈夫ですから!」

 「それもそうですね」

 そんなやりとりをしてから、彼女がバイト先へ旅立つのを見送る私。ふう、いい仕事したぜ。でも何かを忘れているような…。 

 あっ、美容院行かなきゃいけないんだった!自転車に飛び乗り、目的地へと再びダッシュする。サンプラザ中野さんがまた脳内ステージに出場しそうになったが、ご退場いただいた。

 なんとか時間ギリギリで美容院にたどり着き、ホッと一息つく。いつでもギリギリで行動しているので、もうちょっと早めに動くことを心がけたい。

 荷物を預けて本を読んでいると、すぐに名前を呼ばれた。

 私の名前を読んだのは、色黒で彫りの深い顔立ちをして、茶色い髪の毛をヘアバンドでとめたお兄さんだった。異国の風を身にまとったイイ男である。ぐへへ、これから私は、この方に頭を洗ってもらったり乾かしてもらったりするわけね、と一瞬でヨコシマな考えが浮かぶ。

 「まずはシャンプーをするので、こちらへどうぞー」というお兄さんの指示に従い、おとなしく椅子に座る。ひざ掛けをかけてもらい、やだ、大切にされてる…と、お姫様気分を満喫する。もちろんバレると困るので、表情は能面である。

 私は人にシャンプーをしてもらうのが好きだ。頭を触られるというのは、それだけで気持ちいいもので、シャンプーともなればなおさらである。泡を立てるために、濡らした髪の毛を、手のひらで柔らかくクシャクシャとされる。その後、髪の毛の隙間をぬって頭皮に届いた指が、マッサージをするようにゆっくりと頭全体をほぐしていく。普段なら任せない場所を人に任せていることに、安心感をえて、思わずため息をついてしまう。

 シャンプーをされている時は、美容師さんの胸元が顔の上にくるので、匂いが少しだけ分かる。今日の美容師さんは、南国特有のフルーティな甘やかさと、男のフェロモンや汗の成分がまざったような匂いだった。ああ、こう書くとなんだかとっても臭そう…そんなことはないのよ!とってもいい匂いだったの!

 それから頭を任せるほど一時間と少し。無事にさっぱりと切ってもらえました。その間いろいろな話をしてもらったけど、その話の中で彼が南の方の離島出身であったことが分かり、「やっぱりな!私の嗅覚に間違いはない!」と、よく分からない達成感を味わった。

 南方の方の香りにはクセがあるというか、本州の人間の匂いよりも若干 濃ゆい のだ。顔の作りも匂いも濃ゆい、そんな南方の方を愛しています。

 最後に「よかったらまた来てね」と、にっこりと笑いかけられ、喉まで出かかった「次は個人的に会いませんか」という言葉を飲みこみ、爽やかに「はい、ありがとうございました」と伝えて店を去ったのであった。

 ちなみに、客層はどうやら男性が多いらしく、私が居る間だけでイケメンが二人はいってきた。美容院難民からは、いよいよ脱出できそうである。