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馴れ合わない私たち

「私はさぁ、世の中には自分のものじゃない価値観が多すぎると思うのよね」と語るのは、友人のあい子である。

「例えば、勝ち組とか負け組ってあるじゃない?あれって要は、世間的には三十過ぎて結婚もしてない女は、売れ残りの負け組だって話だったりするわけよ」

 私はさっきあい子と会う前に、近所のケーキ屋で買ってきたガトーショコラを一口食べる。うまい。この店のガトーショコラは、表面にミルクチョコレートがコーティングしてあって、濃厚である。リピーターになろう。

食べながら「分かる。そんなもん本人が満足してるなら、周りがとやかく言うものじゃないと思う」と答える。

 今日は、あい子とかねてより企画していた、おいしいケーキを食べつつ紅茶を飲みながらおしゃべりしようの会が行われた。平たく言えば、いつも通りのお茶会である。

 鼻息も荒くあい子は語る。

「勝ち組って、三十歳までには結婚して、安定した職についてる夫が居て、家庭に入ってる女だったりするわけでしょう?」

「まぁ、そういうのが一般的だよね。だからこそ三十路過ぎた女が『売れ残り』だなんて言われるわけだし。独り身で長く働いてる女を蔑視する風潮は、無いとは言い切れない」

 男女の平等が叫ばれて久しい世の中、少しずつ変わってきているとは思うが、一部にそういう現実はある。まったく嘆かわしいことである。

「それではここに、二人の女性を登場させましょう。えい子さんは、今年33歳。手取り15万で、そのうち5万は自分の美容に使っても、自由になるお金が10万円あって、仕事にも自分にも自信がある女性。びい子さんは、29歳。パートで月3万を自由に使え、夫もそこそこ稼いでる。ただ、家事や育児に追われて、髪はボサボサ、オシャレも一昔前。買い物に行く暇も無く、近所のおばさんたちと井戸端会議に花を咲かせるのが趣味です」

「ほうほう、これはなかなか両極端ですな」

「さぁ、これどっちが幸せだと思う?」

 考えるまでもない。

「えい子さんだと思う。そりゃあまぁ、子供が好きで家事が好きっていうならびい子さんも幸せかもしれないけど、私はえい子さんがいい」

 ここで、我が意を得たりとばかりに、あい子は私にむかってびしっと指をさす。

「そう、そうなのよ!幸せなんて人それぞれ。そこが分かってない人間が、世の中には多すぎるのよね」

 にわかに熱を帯びる、あい子の口調。つられて私も声が大きくなる。

「おまけに、なんでそういう連中が他人を貶めたいかって言ったら、その人と比べて自分は上だって思いたいからだったりするから、ほんとにしょーもない。まずはちょっと自分を振り返ってみろと。じゃあお前は今、幸せなのかと」

「まったくね。霞の言う通りだわ。他人の不幸を数える前に、自分が持ってる幸せの数に目をむけて欲しい。世間様の価値観で他人を批判するっていうのは、ほんとうに情けないことよ。自分の考えがないってことだもの」

 私とあい子は中学時代からの付き合いで、今でもこうして時々集まっては、様々な話題で笑ったり嘆いたりしている。あい子はショートの髪型にかわいらしい服を着て街を歩く、いかにも現代風の女子だが、放つ言葉は苛烈で劇的。聞き上手であり話し上手でもあるという、素晴らしい話し相手だ。

 私もあい子も基本的に馴れ合いを好まず、意見をはっきり言う方なので、今日の天気から現代の社会情勢まで、幅広く盛り上がる。胡散臭いことに突っ込むのが好きで、時には調べながら議論することもある。私たちの話題にはほんとうに節操がなく、時には傍から見れば理解に苦しむことについて、二時間近く時間を費やす。

 自分の考えというところで私は、ふっと思いついたことをしゃべりだす。

「そういえば私、この間とあるセミナーに参加したのよ」

 素早い切り替えで、あい子は「ほほう」と話にのってくる。

 私はその時、自己啓発系のセミナーに潜り込んでいた。そのセミナーはグループ形式で行われるものだ。

まずは講師の方のお話を聞く。彼はとにかく熱っぽい調子で、「私は社会を、世界を変えられると信じています!そしてそのために今もこうして動いているのです!私の行動や言葉に影響を受けたみなさんが、他の人へさらにそれを伝える。それによって、社会はどんどんよくなっていきます!みなさん夢を持ちましょう、そしてそれを全力で追いかけましょう!!」と、20分にわたって私たちをたきつける。

 その後、グループでの自己紹介に入る。まずは仲良くなりましょうという算段だ。その際もとにかく「笑顔」と「明るさ」を強調される。一通り自己紹介が終わってから、壇上の講師は指示を出す。

「それではみなさん、目の前の人に向かって、あなたの夢を語ってください。そして語られた方は、その夢に共感したり、胸を打たれたりしたら、拍手をしてあげて下さい」

 んん?夢を語れ?おまけに相手の心を動かすように、情熱的に?

 戸惑う私をよそに、周囲の人間は熱に浮かされるようにしゃべりだす。当然のようにおいて行かれた私は、気まずい思いと違和感をこらえながら、二時間ほどを過ごしたのだった。

「霞って、和気藹々って言葉苦手よね」

 話終わったところで、あい子がズバリと切り出す。

「え、な、なんで分かったの?」

「そりゃ分かるわよ。私も嫌いだし、その状況になったら同じ反応すると思うもの」

 そう、私は「和気藹々」であるとか、「あなたの夢をかなえる」「限界を超える」といった文言が苦手である。なんというか、フランク過ぎたり軽く感じたりして、馴染めないのだ。特に「一週間で自分を変える」といった言葉を見ると、「そこまで行くと精神論だし、過労死を出した某企業と同じじゃん…」と思う。一か月くらいかけてくれてもよいのではなかろうか。もし友人が一週間で違う人のようになっていたら、私は間違いなく宗教を疑うだろう。

 あい子は語り出す。

「私は基本的に、ある程度はマジメというか、形式的な方が好きなのよね。フランクすぎるのって、ある種の押し付けだと思うの。特に企業の説明会なんかで『社員との雑談コーナー』『楽しみながら理解を深める』なんていうのを聞くと、いやいや、きっちりと必要であり重要であることについて説明してくれれば、それでいいと思っちゃう。時間があるなら、社員の方ときっちり質疑応答できるコーナーを設けてくれれば、なおいいわね」

 全面的に同意である。やたらと近づいてこられると、警戒してしまうのだ。限られた時間なのだから、仲良くなることに時間を使うよりも、まずは必要なことについての説明を受けたいし、それから時間があるなら雑談であるとか、質問をしたい。コミュニケーションをとりたくないのではなく、優先度が違うのだ。

「うーん、その通り…まぁこういうのってあい子や私の価値観がそうなだけで、他の人たちは違うのかもしれないから、なんとも言えないけど。でも学生相手だからフランクに、なんて言うのは、舐められてる気がするなぁ。そのクセほんとのことは言わないんだから、社会ってのはくせ者だと思う」

 そう、私たちの価値観は、馴れ合いよりも堅実さ、なのだ。仲良しこよしでやっていくのが苦手で、その場の空気が読めないわけではないけど、急激に中を深めようとすることに、拒否感のある人間である。

 というより、そういう雰囲気に何も考えずにのることに、抵抗があるのかもしれない。付き合う相手は考えたいし、無批判であることに耐えられないのだ。

 私が自己啓発セミナーで感じた気持ち悪さの正体は、その場の雰囲気に流されて、みんなが盛り上がっていくことに対してである。乗せられて走った先に、崖が無いとは限らないのだ。

 世の中には色んな価値観がある。考え方が多様であれば、それだけ色んなものが生まれる可能性に繋がるし、それは悪いことではない。ただし、自分が誰かの価値観にのっかっているだけかどうかを客観視することはとても重要だと思う。

 あい子とひとしきり盛り上がった後、あたりも暗くなってきたので駅まで歩いていった。話しの最中だったが、目の前を男子高校生たちが歩くのに、釘づけになる私。

 なんとその男子高校生たちは、肩を組んだり、二人乗りをしていたり、背中をたたき合ったりとなんとも仲睦ましげである。

「あんたの価値観の一番上には、とにかく男子たちがいるみたいね…」

 隣から聞こえてくる声には、呆れと笑いがまじっていた。

 少年たちの輝きは、ダイヤモンドよりも美しいのだから仕方ない。