もっと欲望に忠実に生きたい話

 ああむしゃくしゃする!

 

 私はいまとっても行方不明な気持ちだ。自分の感情をどこに向けていいかわからない。

 いや、わかっているかもしれないのだけど、どう向けたらいいかわからないと言ったらいいだろうか。

 

 世の中にはすごい人たちがたくさんいる。

 テレビをつければ毎日のようにスポーツ選手や歌手、俳優、芸人、アイドル、声優、芸術家、他にもたくさんの人たちが出てくる。彼らはみなそれぞれの苦労や悩みを抱きつつ、努力やら挫折やらを経たり経なかったりしながらそこに立っている。

 

 彼らの人生を私は知らない。人となりも、裏の顔やらも、私は知らない。知っているのはカメラの前でキラキラしている姿だけだ。昔どんなことがあったとか、酔うとどんな風になるかだとか、そんなことまったく知らないのだ。

 知らないままなんとなくテレビを眺めて、彼らを消費している。

 

 だけどたまに唐突に、「あの人たちも自分も同じ人間なのになあ」と感じる。一度その考えが浮かんでしまったら最後、うじうじと今立っている場所から動けない自分にげんなりしたり、よーし私もなにかにチャレンジしてみるぞと決意を新たにしてみたりする。

 

 もうね、これぜーんぶムダ! 消費するなら消費しきればよいものをぐだぐだと、ほんとうにムダ!

 結局次の日にはそんな感情忘れたり、何もしないまま毎日が過ぎていくのだ。

 

 だけど今の私は悔しい。これまで何も形にしてこなかった自分が、形にできていない自分がとても悔しい。そしてキラキラしてる人たちにムカついている。ズルい、私もキラキラ光って活躍して、金儲けしたりモテたりしたい! 欲しいもの買いまくってうらやましがられたいし、自分ひとりで生きていけるんだって実感したい!

 特にすごいなと思うのはマツコ・デラックスだ。「アタシみたいなのは年取ったら一人で生きていくことになるんだから、金にもの言わせて生きるしかないのよ」と言い放って、実際に今引っ張りだこ。有言実行を地で行くかっこよさに惚れるし、やっぱり悔しい。

 

 しかしここで「どんな人生送ったらそうなれるのか知りたい」と思ってしまう時点で、私は負けている。その人が成功したのはその人だからであって、他の人がマネしたって同じようになれるとは限らない。

 むしろ二番煎じで箸にも棒にも掛からず消えていくのが関の山だろう。

 

 とにかく、何をすればいいのかすらわからない状況から脱却しないと始まらない。

 音楽をしていた時は、何を目標とするか定め、それに向かって地道な基礎練習を続けていた。ひとつできるようになったら次の目標、それができるようになったら次……果てしなく続く練習だったが、確実に前進している手ごたえがあった。

 しかし今の私には生きているという手ごたえすらない。勉強や音楽に対して真摯に努力していた分、昔の私のほうが真っ当に生きていたと思う。

 年を取って時間が流れて、私は劣化してしまった。

 

 そしてこう言わざるを得ない自分の状況がもう、情けなくて情けなくて。

 これまでずっといい子ちゃんだった私は、気が付いたら人の目を気にして何もできず、身動きすらとれなくなってしまっていた。

 とある人に「人の意見とか私にどう思われるとか、できるかできないかとか、そういうもの全部とっぱらったときにあなたは何がしたいんですか」と問われたときに、言葉に詰まった私。しばらく躊躇して言葉を絞り出した。

 

 音楽でも、文章でも、演劇でも、なんでもいい。表舞台に立ちたい。

 多くの人の心に触れるものを作りたい、演じたい。

 そんでもって有名になってがっぽがっぽ儲けて男の子をはべらしたいんじゃー!!

 

 

 

 ちょっと前(と思って調べてみたら2011年だった。もう6年前とか信じられない、時間ってどうしてとめどなく流れてしまうのだろう)に「輪るピングドラム」というアニメをやっていた。

 その登場人物が言うのだ。

 

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」

 

 当時はかっこいい! なんて思って無邪気に見ていたものだが、今になってアレを作った人たちはどういう気持ちで作ったんだと愕然とする。未来への漠然とした不安をぐっさり串刺しにするようなセリフだこれ。恐ろしい。

 

 何者といえば、朝井リョウの「何者」も一時期話題になった。読んで衝撃を受けた。

 就職活動を中心に展開していく話なのだが、その描き方が尋常じゃなく真に迫っているというか、人間の弱い部分を有刺鉄線で引きずり出すような作品だった。

 現代っていうのはネットで言葉を流してそれをたくさんに見てもらえる時代で、それを使って承認欲求を簡単に満たすことができる。だからこそ私たちは簡単に「何者か」になれたような気がしてしまうけど、ほんとうは私たちは何者でもないのだ。ただの人間、平凡な一般人、映画で怪獣が襲ってくれば真っ先に被害に遭うモブでしかない。

 

 自分の能力をフルに活かして生きることができるのは、しんどいかもしれないけど幸せなことだ。

 だけどそうなるためには、まずは自分の能力(なんでもいい。音楽でも演劇でも、筋肉とか変顔とかほんとうになんでもいいと思う。今はなんだって発信できる時代だ)を磨いて、明確な価値を与えなければいけない。

 

 もう生きてるだけで、悔しい。

 

 だって今の私にはなんの価値もない。

 

 私は書くぞ、私は歌うぞ、私は演じるし演奏するし想像するし妄想するし、それを形にしてみたい。

 

 ここまで読んでくれたあなたは、何がしたいですか?

 こっそり教えてくれてもいいし、思いっきり叫んでみてもいい。なんか形にしてみようぜと、私は言う。

 

 口にせずに影で努力するのもそりゃかっこいいかもしれないけど、思いっきり大言壮語できるほうが私はかっこいいと思う。そんでもってそれを叶えられたらもっとかっこいい。

 言うだけなら自由だ、大口開いて笑ってやろう。どうせ失うものなんて何もないんだし、ちょっと恥ずかしいだけだ。