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神様、お願いします。

 「自分が周りと違うことについて、違和感を持たなくなったのはいつから?」

 そう聞かれて戸惑う。たしかに、昔は感じていた違和感は気が付いたら消えてしまっていた。これまでの俺はそれを当然のことのように受け止めていたけれど、よく考えてみればおかしなことだ。だって俺の中身は昔からちっとも変わっていないのだから。

 素直にわからないと答えると、その人はおかしそうに笑った。「そうよね。だって学校でも違うのは悪いことじゃないって教わるし、実際人はみんな違う。だけど『違いを受け止める』ことと『違いから目をそらす』ことは別。形はそっくりだけど。さて、そこで問題なんだけど、君は受け止めたのかしら。それとも目をそらしているのかしら」俺は嫌な気分になって、あなたはどうなんですかと聞き返した。

 

 「私は目をそらしてるわ。だって受け止めるなんて無理、どうして自分が他人と違って醜く歪んでることを受け止められるの。私は見目麗しく感情表現豊かで友だちもそこそこいるけど、それは水筒の中にはいった水を放置して外側だけ洗っているからよ。いまさら蓋をあけて中身を確認するなんてとんでもない。何が出てくるかわからない」

 終始楽しそうに話すその人に俺はイライラしてきた。どうしてこの人はわざわざ心の一番柔らかいところをほじくり返して、中に何が入っているのか試すようなことをするのだろうか。

 目をそらしてたっていいじゃないですか。何もかも正面から受け止めていたら疲れてしまいます、うまいこと受け流して生きていく技術だって必要です。世の中のたいていの人がそうです。あなただって今目をそらしてるって言ったじゃないですか、生きていると大変なことばかりなのだから、見ないでいいなら見ないほうがいい。俺は見てくれもよくないし話し下手だし大したことはできないけれど、それでも一生懸命生きてるんです。放っておいてください。

 

 むきになって言い返すと、その人は俺のことをじっと見て言った。

 「確かにそうだわ、意地悪なことを言ったわね。『見ないでいいなら見ないほうがいい』ってすごくもっとも。座右の銘にしたいくらい。だけど、ねえ、あなたいつまでも自分自身のことから目をそらしていられるのかしら。あなたが抱いたその気持ちから目をそらしていられるのはいつまでかしら。友人が寄せてくれる信頼や無邪気な子どもが自分に見せる素直に対して、自分がどんな感情を持っているのか目をそらせなくなる日がくるわよ。目をそらすことで騙せるのは自分じゃなくて他人だもの。よく言うじゃない、他人は騙せても自分に嘘はつけないって。あなたのことを放っておかないのは私じゃないわ、あなた自身よ」

 言われなくてもわかっていることをつらつらと並べ立てられて、俺はげんなりしてきた。知っているのだ。分け隔てなく接してくれる友人の笑顔に自分が心を揺さぶられることも、甘えてくる子供の柔らかな肌に触れるたびに劣情を催すことも。あまつさえそれが、同性の男に対してだけということも。だから適当に笑って誤魔化して、そうしてその気持ちに向き合わないようにしているのだ。向き合ったところで何も生まれない不毛な感情なのだから、無いことにしても一緒だ。

 違和感は消えたのではなくて、見えない場所にしまい込んだだけだった。そうして信心深い俺は願う。神様、今年も目をそらしていられますように。