夢を追う

 だからさあ、俺は頑張ってたわけよ。なのにどうしてこうなっちゃうかなあ。俺の何が悪かったんだと思う。顔をアルコールで真っ赤にして管を巻く友人の言葉を聞きながら、自分も一口酒をあおる。そして今回の彼の落ち度を考える。特に思い浮かばないので「飽きたってことなんじゃないの」と応えると、彼はがっくりと肩を落とした。

  こうして彼の別れ話を聞くのは通算13回目だ。最初は中学2年生のとき。初めて付き合った彼女と2ヶ月で別れた彼は、俺の何が悪かったのかなあと聞いてきたので、学校でほかの女のことをかわいいかわいいと褒めるのが悪いと言ってやった。彼はなるほどと頷いたあと、恋人がいる間はそういうことを言わないようにしようと自分ルールを決めたらしい。そうして恋人ができるたびに報告し、別れるたびに悪かった点を確認され、すっかり彼の恋愛相談役として定着してしまった。

  女って意味わかんねえよな。なんで。だって昨日よかったことが今日ダメだったりするんだぜ。お前も昨日は生ビールが一番って言ってたけど、今日はいきなりウォッカ頼んでる。それはお前気分で違うだけで、根本的には変わってない。根本ってなに。俺は酒が好きだ。ああはい、そうですか。

 

  付き合うことも別れることも多いこの男は別れるたびに律儀に自分を呼び出し、飲みに連れ出す。反省点を考えながらしこたま飲むうちにただの愚痴になり、酔っぱらって前後不覚に陥った彼を家まで送り届けて 、後日ワリカンにした飲み代を請求するまでがワンセットだ。

 目の前で嘆く彼には悪いが、付き合い始めるたびにノロケをさんざ聞かされる身からするとざまぁみろという気持ちもわく。他人の不幸が嬉しいのは褒められたことじゃないが、夜無理やり連れだされた意趣返しを心の中でするくらいは許されてほしい。

 しかし今回の失恋は痛手だったのか、彼は頼んだ酒を次々に流し込んでいく。そろそろ止めたほうがいいかとハラハラしながら見ていたら、もう何杯目かわからない酒をあっという間に飲み干して座敷に仰向けに寝転がった。そして天井に向かってお手上げのポーズだ。

 もうダメだ、俺はダメだ。今までも失恋してるのになんで今回だけ。俺は今回が最後だって決めてたから。最後ってなに。なんだろう。自分でもわからないの。わからないけど、最後は最後だ。

 それきりぐったりしてしまった彼をタクシーに担ぎ込むと、行き先を尋ねられる。彼の家の近所を伝えようとすると、「やだ、今日はお前んち泊まる」と言われた。今までにないことだ。窓の外をぼーっと眺める彼の横顔を見やって、反対側の窓から外を見ながらため息をついた。とりあえず水を飲ませてからシャワーを浴びれるか聞いたらこっくり頷いたので、風呂に送り出して自分は床に布団を敷く。手持無沙汰になると風呂場で倒れでもしたら困ると急に不安になって、風呂場のすぐ外で待機する。

 なに出待ちしてんの。酒飲んでから体あっためると倒れるとか聞くから、念のため。苦労性だよなあ。しみじみと言われてむっとしながら自分もさっさとシャワーを浴びる。アルコールが澱のようにたまっている感覚を、熱いシャワーがこそぎ落としてくれる。

 

 ベッドに入る。もう寝た。まだ寝てない。今日の最後ってどういう意味なの。お前は好きな人に告白できて、恋人やれて、そりゃまあうまくいかないこともあるけどちゃんと恋愛関係築けてるじゃん。なにが最後なわけ。そう聞くと、ベッドの上で身じろぎする気配があった。寝返りを打った彼の手がベッドのはしから死体みたいにでろりとはみ出す。

 恋人ってさ、パズルのピースがハマるみたいに何かがカチッとあって、自然とこの人だってわかるものだと思ってたんだよね。でもこの人こそって思ってもフられるし、付き合っててもしっくりこないこと多いし、そんな夢みたいなことないんだなって納得いったというか。世の中じゃさも恋は綺麗で美しくて、喧嘩したりしても仲直りして結局は互いのこと大事に思ってるって話が多いけど、そんなのはきっと一握りだ。俺の恋は好きから始まって、妥協と折衝の期間が過ぎると終わる。だから夢みたいな恋をできるのはこれが最後なんだって諦めたのさ。

 いや、恋はいいものだよ。わざと断言して、はみ出した手を握った。誰かを好きになる気持ちは尊い、愛することは素晴らしい。妥協と折衝で人間関係を終わらせたくないなら自分にそう言い聞かせないとダメだ。根拠なんてなくていいし説明もできなくていいけど、そう思わないでどうしてやっていけるんだ。全然諦めきれてないくせにわかったような言葉で誤魔化しても自分からは逃げられないぞ。

 お前って時々熱いよな。大事なことには熱くなる。恋人もいたことないクセに。好きな人ならいるさ。へえ、誰。言わないけど。ふうん、もしかして俺。

 握っている手が少しだけ強く自分の手を握り返してくる。俺は答える。

 まさか。