ほろ苦くても恋
バレンタインデイキッス、バレンタインデイキッス♪
ショッピングモールに流れる楽しげな音楽に合わせて、チョコレートを物色する人たち。バレンタイン間近のとある日、私はチョコレートを買いにきていた。
もちろん渡す相手は私自身だ。私は自分を愛しているからな。
しかしチョコレート売り場というのは、なんとなく人間模様の複雑な場所だ。おばちゃんたちが子どもと旦那のために騒ぎながらチョコレートを物色している横で、制服を着た女子高生がガラスケースの中のキラキラしたパッケージを眺めている。さらにその後ろには「まさにラブしちゃってます」と言わんばかりのカップル。
男一人で(しかも自分のためだけに)チョコレートを選ぶのはかなり勇気が必要だったが、なにもこんなイベントを女子に独占させる理由もない。私は私のために買い物をするぞ!
チョコレートを選びながら浮かぶのは、クラスメイトの気になる男の子に本命をあげちゃう男子高校生だ。
「これやるよ」
「えっなにお前wwゲイかよww」
「んなわけねーだろ、おこぼれだよおこぼれ!」
なーんて憎まれ口をたたきながら、胸に痛みを感じるのだ。伝えられない思いのこもったチョコレートは、きっととろけるように甘いに違いない。
それで実は自分で彼にあげたのと同じチョコレートを買っていたりして、家に帰って食べながら「おれバカみてえだな」と自嘲気味に笑ったりするのだ。ああ切ない。
だけどそんな風にチョコを渡した一ヶ月後に、「これやるよ」と彼からなにやら袋をもらう。
「え、なにこれ」
「なにって、お返しだよお返し」
「ホワイトデー?」
「なんだよ、いらなかった?」
「いやいや!うれしい、めっちゃうれしい…」
思わずぎゅっと袋を握り締めて顔をくしゃっとさせて笑う笑顔に、思わずドキリとしてしまう彼。
「ちなみにホワイトデーのお返しの意味、知ってるか?」
「なにそれ、そんなのあんの?」
「あるよ。マシュマロは嫌い、クッキーは友だち。そんで飴が好き」
そういわれて袋を開くと、中にはいっぱいのクッキーが。そりゃそうだよなと思いつつ「ありがと」と言うと、ビシッと指をさして「ちゃんと全部食えよ!」と言われる。
家に帰ってからテレビ見つつクッキーを食べていると、一番底に小さな袋が。
「なんだろ、これ……」
開くと中から小さな飴玉が転がり出る。その意味はもちろん――。
我ながらよくできすぎで顔が熱くなってきた。そんな都合のいい展開あるわけないだろと思いつつ大興奮だ。
男同士というのはなかなか思いを言えないものだから、相手に伝えるにしても様々な手段を考えなければならないので楽しみが多い。現実世界だと趣向を凝らしすぎていると興覚めだが、妄想ならそんなことはない。私の理想の男子が理想の男子と理想のリアクションをしながらイベントを繰り広げてくれる。
そして脳みそをフル回転させて消費したエネルギーはチョコレートで補給!完璧だ…完璧なイベントだ…。
ところでものすごい勢いで遠ざかっていく現実についてはどう対処すればいいのだろうか。好きな人に食べさせたらその人が自分のこと好きになってくれるチョコとかないかな、あっという間に売り切れそうだ。
だけど好きな人が自分のことを好きになってくれるのってものすごい奇跡だし、恋でうれしいのってやっぱりそこだと思う。だからもしも「気になるあの人を振り向かせる薬」とかで好きになってもらったとしても、そんな恋は長続きしない気がする。
好きな人が自分の意思で自分を好きになって、いっしょにいてくれる。こんな幸せなことはない。
人と人との関わりはそれぞれの意思で築かれるからこそ尊いのだ。薬で無理に関係をつくっても、そこに本当の気持ちが芽生えなければまやかしである。
世の人々よ、チョコレートに思いをこめよ。あなたの思いはたとえ報われなくとも、本物であるという時点で価値あるものだ。
偉そうにそんなことを考えていたらチョコレートがなくなってしまった。甘いものづけで過ごした数日のせいで、糖分がないと落ち着かない。
ちょっくらコンビニでチョコを買ってくるとしよう、これにてご免。