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観光ポイントは現地男子

 ここ二ヶ月ほど旅に出ていた。ようやく家に帰ってこれて、ホームの温もりをかみしめているところだ。私は一人暮らしなので家を温めていてくれる人などいないのだが、慣れ親しんだものに囲まれているというだけで心が落ち着く。

 それでここのところ「やっぱり自分の家って最高」と旅の疲れをいいことにマンガとネットの世界に沈みこんでいたのだが、さすがにそろそろマズさを感じたのでなにか有意義なことをしようと思い立った。しかしその「有意義なこと」が何も思い浮かばないので、ブログでも更新するかと重い腰をあげた次第だ。

 

 いやあそれにしても旅のあいだ、実に素晴らしい男性お二人様を見かけた。私が旅に出たのは彼らに出会うためだったのかもしれないと思うほどだ。

 

 まず外せないのは、電車の中で互いにもたれかかったまま寝ていた男子高校生コンビだろう。いや、カップルと言うべきかもしれんなあ、ぐふふ。

 どうにも部活が終わったあとだったようで、片方は赤いジャージに大きなリュックを抱えていた。もう片方は黒いジャージの前をあけたまま、足の間に土で汚れたエナメルのバッグを置いている。

 わかるだろうか、この部活帰りのかすかに汗の香りがする少年たちの寝顔の美しさを。互いの存在に安心しきり身を持たせかけている姿は、宗教画にも匹敵する神聖さとどこか牧歌的なゆるやかさを兼ね備えているのだ。

 しかも電車が止まった瞬間に赤いジャージの方がはっと目を開けて身を起こしかけたのだが、まだ目的地についていないことがわかるともう一度頭を黒いジャージの肩にのせなおして安心したように目を閉じたのだ!私は思わず吊り皮を千切れんばかりに握り締めた。

 途中の駅ではっと身を起こした赤ジャージが「おい!ついたぞ!おい!」と慌てて黒ジャージを起こそうとしたが時すでに遅し。電車のドアは無情にも閉まってしまう。

「あーあ乗り過ごした」

「まあいいじゃん一駅くらい」

「まぁそーだな」

 のんきな二人は次の駅で仲睦まじげに電車を降りていきましたとさ。

 

 また別の日、私がお高い喫茶店で優雅に時間を潰していると大学生とおぼしき二人組が入ってきた。楽しそうにガラスケースの中に並ぶケーキを選んでいる。

「お前なに食べる?」

「おれはチョコレートケーキかなあ。あ、でもこれお前好きなやつだっけ」

「いいよ。じゃあおれこっちのタルト頼むからさあ、半分こしよ」

「まじ?じゃあそうしよっか」

 付き合い始めたてで微妙に距離感をつかみきれてないものの互いに距離を縮めたいと思っている両片思い状態のカップルか!!

 照れくさそうに笑いあう二人の姿に頬の筋肉が不穏な感じにひきつる。とっさに本で顔を隠したものの、高笑いしたい衝動にかられて体が震える。隣の席に座っていたマダムは「まあ、仲がいいのねえ」と笑いあっていたが、そんな一言では表せない親密さに私は一人でドギマギだ。

 二人は窓際席に隣り合って座り、カバンからノートを取り出してなにやらしゃべり始めた。勉強の話をしているようだ。それを眺めながら私は思った。

 顔が近い!

 この二人、なぜかやたらと顔が近いのだ!髪の毛同士が触れ合うような距離感でしゃべっている。ひとつのノートをのぞき込むためとはいえ、その距離感は男同士にしてはちょっと近すぎるんじゃないですかお二人さん!

「お前ほんともの食うのヘタクソだよな、チョコついてるし」

「うっさいな」

 そう言いながらペロリと唇を舐める姿がやけになまめかしい。も、もしかして誘ってる…?

 注文したものを平らげたあともまじめな話をする二人だが、やっぱり距離が近い。隣のマダムたちもちらちら見ている。ぜひともお近づきになってあの男子大学生たちについて、意見交換をしたいところだ。

 結局二人はその距離感のまま話を続け、満足したのかノートをしまって店を出て行った。おいしい飲み物だけでなく心を潤してくれる男子大学生のいるあの喫茶店は、長居するにはもってこいであった。

 

 さらにさらに、またしても電車の中だ。

 私がイスに座って静かに本を読んでいると、スーツ姿の社会人一年生っぽいバカそうな男の子と、その先輩と思しき男が乗り込んできた。

 この状況下で本を読めというほうがムリな話だ、私は心の声にしたがって耳を澄ませた。

「今日もつっかれたー」

「お疲れ、仕事慣れたか?」

「なかなかなれないっすけど、怒られるのには慣れました」

「慣れるなそんなもん!」

 そう言いながら頭を軽くはたく先輩と、へにゃっと笑う後輩。思わず席を立ってガッツポーズしそうになる私。

 都会には――都会にはこんなマンガの中みたいな社会人がいるんですね……。私、生きててよかったです。

 しかもなぜか後輩くん、吊り皮にぶらさがるようにつかまっているせいで腰を突き出して「今すぐに犯して」といわんばかりのポーズをとっている。スーツに包まれたむっちりとした「学生時代はスポーツやってました」といわんばかりの尻が目の前でゆらゆらと揺れ、私の息子も興味津々だ。

「だらしない恰好しない!」

「いいじゃないっすか、仕事おわったんだからー」

 ワガママっぽい後輩にやれやれと笑顔を浮かべる先輩の目は、しょうがないやつだなあと言わんばかりだ。

 残念ながら私は降りなければいけない駅についてしまったのだが、降り際に振り返ると後輩がなにか言ったのか、先輩がまたしても頭をはたいていた。きっと二人はこれからどちらかの家で酒でも飲むのだろう。そして酔っぱらって寝てしまった後輩に布団をかけ、先輩はそっと頭を撫でてやるに違いない。その瞳には確かな愛情が――。

 そんなことを考えていたら電柱に肩をぶつけた。よろめいて道端の茂みに足を突っ込む。おお、我が身の孤独が心にしみることよ。

 

 せっかく家をでてもどこにいても、目につくものはいっしょ。どんな場所に行ったって観光ポイントは現地の男二人組だというのだから世話がない。

 だけど見知らぬ異郷の空の下で心細いときでも、人間関係模様に胸ときめかしていると、自分は自分なのだと感じることができてよい。いつだってどこだって、私は私なのである。

 旅をして得た思い出と経験と現地男子の笑顔は、私の明日をちょっぴり明るくしてくれるみたいだ。