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最強おばさん列伝

 私が日本に生まれてよかったなと感じるのは、同じ出来事でも季節によってまったく違う姿を見せてくれる時だ。

 例えば冬の雨上がりは、空気が冷たく澄んでとても気持ちいい。ひんやりとした空気を大きく吸い込むと、体の内側が洗い流されるような気分になる。

 今夜はちょうどそういう夜で、雨の気配を残した町を帰っているだけなのになんだかゴキゲンで、鼻歌をうたいながら自転車をこいでいた。

 

 そんな折、私の目の前にとつぜんドヤドヤと人込みができた。あわててブレーキをかけると、なにやら建物の隙間にある階段から降りてくる人々。だいたい30~40代といった感じだ。

 なんとか隙間を抜けていこうとすると、派手な指輪をしたおばさんがビビッとくるようなセリフを吐いた。それも町中に響き渡るような大声で笑いながらだ。

 

「やだぁもう! アタシたち若いんだから、一晩くらい寝なくたってだーいじょうぶよぉ!」

 

 私はこれを聞いた瞬間に、そのおばさんとハイタッチをしたいような気分になった。

 だって彼らはどう見ても若くないのだ。きっと徹夜なんてしたら、次の日しんどくて仕方ないだろう。それでも「一晩くらい寝なくたって大丈夫」と豪快に笑うのは、とびきり素敵だと思う。

 年取ったって体が弱ったって、今日を思い切り楽しんで明るく生きるおばさんパワーは、私が憧れるものの一つだ。

 

 考えてみれば私は、小さなころからおばさんという存在が好きだった。

 幼稚園のころは、母親が友だちと食事をするのについていって、よくかわいがってもらっていたように思う。ママ友つながりで、子ども同士でも遊んでいたけど、母の友だちにかまってもらうのが特に好きだった。

 

 小学校に入ってからは引っ越してしまって友だちもおらず、一人っ子なうえ鍵っ子だった私はしょっちゅう一人で遊んでいた。

 ちなみに鍵っ子というのは、親が昼間家にいないから鍵をもって学校にいく子どものことだ。今でも鍵で扉をひらいたときの、シーンとした家の中の雰囲気を思い出す。

 家にいると寂しいから出かけると、近所のおばさんたちがよく声をかけてくれた。それで井戸端会議にまざっていると、帰ってきた親に「アンタはまた!」と笑われたものだ。

 

 通学路でも、しょっちゅうおばさんによくしてもらっていた。

 私の通う小学校はけっこう遠くにあって、毎日てこてこ歩いて通っていた。途中には犬を飼っている家が何軒かあって、彼らに挨拶しながら通ううちに、その家のおばさんたちともなかよくなった。

 それで夏場なんかは、犬をかわいがっていると「暑いでしょう、よかったらどうぞ」とお茶を出してもらったりしていた。遠慮なんてものを知らない子どもだったので、「ありがとうございます!」とグビグビ飲んでいた。今考えてみたら、子どもだから許されていた遠慮知らずさだ。

 しかしそういう甘やかされ上手なところもあってか、これまで世の中のおばさんたちにはほんとうによくしてもらってきた。

 

 大学に入ってからも、おばさんパワーにほんとうに救われている。

 遠出してどの切符を買えばいいか困っていると、おばさんが助けてくれることが何度かあった。

 大阪の駅で券売機が止まって困っていると、「あらあ、アンタどうしたの! 切符買えないの!? アタシが買ってあげるから待ってなさいね」と、券売機をバシンバシン叩く豪快なおばさんに出会った。

 もちろんそれで券売機がなおるわけもなく、焦れた後ろのおじさんが「何してんだ! はやくしろ!」と怒りだして、そのおばさんとケンカになってしまった。

 そのときは間に挟まれていたたまれないし、大阪弁でまくし立ててる二人めちゃくちゃ怖いし、駅員さんの登場が天の助けのように思えた。

 ちなみに待ち合わせには遅刻した。さもありなん。

 

 近所のスーパーのおばさんたちには、現在進行形でお世話になっている。

 夕方のおつとめ品の時間にいくと、ちょっと多めに割引してくれるので、オバサン様様という感じだ。こういうマンガでよくあるようなアットホームな感じの買い物が現実でできるなんて、夢のようである。

 一度など、レジにいくまで財布の中にお金がはいっていないことに気づかないで、「すみません、お金ないのでまた来ます」と慌てて出ようとしたら、「お金かしたげようか?」と声をかけられた。

 さすがにそれは遠慮したが、愛すべきおばさんたちがオレオレ詐欺に引っかからないかマジメに心配になったほどだ。

 

 振り返ってみれば、私の人生はおばさんと共にあったと言っても過言ではない。

 私の愛する男の子たちも、元をたどればおばさんたちから生まれてきているわけで、これはもういよいよ頭が上がらない。

 街を闊歩するおばさんたちの、底抜けに明るい笑い声は、人生を楽しむ方法を教えてくれているような気がする。

 私はおせっかいなおばさんたちを、心の底から愛す。