ラブのつくホテルはもう少し地味に
夜更かしを続けていたら、だんだんと眠りにつく時間が遅くなり、気が付けば明け方まで眠れなくなった。
このままではマズいと、一晩寝ずに生活習慣をなおそうとしているのだが、結局変な時間に寝てしまう。おかげで狂った生活習慣のまま暮らす日々だ。
かくなる上は「なぁ、そろそろベッドに行こうぜ?」と誘ってくれる男子を募集するしかないのだが、そんなことをしてみろ、それこそ一晩中悶々として眠れないこと確実だ。眠れない日々はもうしばらく続きそうである。
今日も明け方ベッドに入って、起きたのは夕方だった。まだ起きて4、5時間しか経っていない。そんなバカな。
隣町に用事があったので、起きだして駅へ向かう。寝すぎてぼーっとする頭を抱えて、えっちらおっちら自転車をこぐ。
世の中は三連休の最後ということで、バス停には紙袋と楽しい思い出をぶら下げた老若男女が勢ぞろいだ。きっとこの三連休で英気をやしなって、明日からまた頑張るのだろう。
そんな彼らをしり目にホームへ向かうと、なにやら事故があったらしく電車が一時間くらい遅れていた。そんなに遅れているのを見るのは初めてだし、私の住む街の電車に、こんなに人がすし詰めになっているのも初めてだ。
じきに動き出すだろうとなんとか電車に身をねじこんだが、「現在レッカー移動をしています」とアナウンスが入った。復旧は15分後だそうだ。
15分もこのぎちぎちの電車の中で耐えるのはしんどいし、まぁ一本くらい遅れても問題なかろう。
私はさっさと電車を降りて、本屋にむかった。
むふふ、あったあった、ありました。
前からほしいと思っていた本を購入して、ご満悦だ。電車が送れてなかったらきっとまだ買っていなかっただろうし、遅延様様である。
ちなみに何を買ったかというと、伊坂幸太郎さんの「3652」というエッセイ集だ。
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伊坂さんの書いた本を読むようになったのは高校生のころで、それ以来ずっと好きなのだけれど、エッセイ集はこれがはじめてだ。
朴訥とした文章から、伊坂さん自身の日常がにじみだしていて、なんだか身近になったような気がする。本を読むだけじゃ感じられない人間臭さだ。
ゴキゲンでホームに戻ると、遅延していた電車はいってしまったあとらしく、ちょうど次の電車がきていた。今日はツイてる。
無事に席も確保できたので、座って早速ページをめくる。
私は幼稚園くらいのときからそうだが、本を開けばどこででも没頭できて、周りが気にならなくなるタイプだ。周りが見えなくなると言ってもいい。
続きが気になると居てもたってもいられなくて、読み終わるまでなにも手につかないという欠点はあるけど、この能力は私のことをすごく助けてくれた。主に一人ぼっちの休み時間とか。
本がなかったら、自分の人生がどれだけつまらないものになっていただろうと考えると、空恐ろしくなるくらいだ。妄想の世界に心を遊ばせることができなかったら、きっと私は一人ぼっちの時間に耐えかねて、固く冷たい心をもつことになっていただろう。
しかしそんな私の集中力すらも、かき乱す言葉が聞こえてきた。
「ママー、あのホテルすっごいオシャレだね、いってみたい!」
幼女の言葉に顔をあげると、指さす先には紫色のネオンの看板。色鮮やかなイルミネーションが走る、派手な外壁。
沿線にある光り輝くホテルといえば、みなさんお分かりであろう。彼女のような無垢な子どもが足を踏み入れてはいけない、欲望渦巻くバベルの塔である。
心なしか周りのお客さんも、幼女のほうをチラチラ見ている。私も彼女の母親がいったいなんと言うのか気になって、耳をそばだてた。
「ママも行ってみたいなあ」
切ない!
もっとこう「大人なってからね」とか、「いつか恋人ができたら、その人とね」とか、いろいろ言いようはあるんじゃなかろうか。
そう思いつつも、私はこのお母さんになんだかキュンときてしまった。
子どもがいるということは、間違いなく子どもができるようなことは経験済みなのだ。それにおそらく、人生のロマンスに憧れつつも、そういうものが起きっこないと諦めつつあるお年にも見えた。
それでも「ママも行ってみたいなあ」と、ラブのつくホテルに消しきれない興味をもってしまう乙女心。そういうのって、とってもキュートじゃないだろうか。
「じゃあいつかいっしょに行こうね!」
くう、何も知らない幼女の言葉がまた泣かせるぜ。あんたたち、いい親子だな。
今月のベスト親子賞を、心の中でそっと送った。
ちなみに私も、子どものころに例のホテルに興味を示したことがある。
私は父親が整骨院に行くのに、よくついていっていた。別に私が施術されるわけではないのだけど、親が行くところにはどこにでもついていく子だったのだ。
さて、その整骨院まで行く途中に、サーカスのテントのような建物があった。手前の看板は英語で書かれていて、今でも何と書いてあったのか思い出せないのだけど、看板の上に玉乗りしているピエロがいたことは覚えている。
興味がおさえられなくて、「あそこのサーカス行ってみたい!つれてって!」と、父親にむかって車の中で駄々をこねたことがある。
父は言った。
「あそこに行くと、あんたもピエロにされることになるよ」
過去になにがあったんだ、父よ……。