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夢の彼

 寒くなってくると布団から出るのが億劫だし、ついつい朝寝坊してしまう。惰眠をむさぼっているといろんな夢を見て、これが案外楽しいのだ。

 私は自分の夢が好きだ。私の夢はいつもどことなくファンタジーで、茫漠とした世界の広がりを感じさせてくれる。たとえばご飯から湯気が立っていて蛇口が勢いよく水を出しているのに、人っ子一人いない町を歩いていたり。たとえば魔法使いになって仲間とともに日々の生活を送っていたり。

 そしてほかの人はどうなのか知らないが、私は二度寝すると夢の続きを見れることが多い。高校時代にはどうしても夢の続きが見たくて、二度寝して遅刻したことが何度かあったりする。

 

 夢には深層心理が隠れているというけど、自分でも名前や顔を忘れていたような中学の同級生が不意に同い年になって現れてきたりして面白い。ちょうど今日がそういう夢だった。

 人気の少ないショッピングモールの二階を一人で歩いていると、吹き抜けになったところから下の様子が見えて、そこに中学時代の同級生がいるのだ。同級生とは言ってもほとんど話したこともないし、同じクラスになったこともない。

 夢の中の私は彼と話したくて閑散としたショッピングモールの中を走り、一階に降りるのだけど、たどり着いた時には彼は二階にあがって別の同級生と話している。不思議なことに彼は大人になった姿なのに、いっしょにいる同級生は当時のままなのだ。

 なんだか変だな、と思いながら彼らを追いかけると、職員専用と書かれている細い道を曲がっていってしまう。あわててそこまでたどり着いて自分も曲がると、なぜかいきなり駐輪場に出て、すでに自転車にのって二人がどこかへ向かっているのが遠くに見える。

 私も自転車にまたがって急ぐとすぐに追いつけるのだけど、友だちと思しき同級生と話している彼の横顔を見ると、なぜだかためらってしまって話しかけられないのだ。

 道の先で彼らが別れたのが見えたから、今なら話しかけられるかもしれないとショートカットできる坂道を上ると、なぜかいきなり道が途切れている。自転車のまま飛び降りるかどうか悩んでいたら、彼がいつの間にか消えてしまっていて、ふっと目が覚めた。

 

 目覚めた瞬間は夢と現実の区別がつかなくて、「もしもこのまま飛び降りたら自転車壊れるかなあ」と真剣に考えていた。それから夢の中であれだけ追いつきたくて話したくて仕方なかった彼の名前が思い出せなくて、しばらく布団の中で目を開けたまま考えていた。

 ぼんやりと苗字を思い出したので卒業アルバムを探すと、確かにいた。話した記憶もないしここ八年くらい思い出すことすらなかったけど、卒業アルバムの中からこっちを見ている人懐っこい笑顔を見ながら、夢の中で話しかけたくてたまらなかった気持ちを思い出すと、なぜだか胸が詰まるような気持ちになった。あらもしかして恋かしら?

 

 と、ここまで書いていて不意に思いついて小学校の卒業アルバムも探してみると、なんとそこにも彼の笑顔があった。そういえば小学校のころ放課後にクラブ活動というのがあって、「調理クラブ」で同じ班になったことがあった。

 彼はのんびり屋というかのんきな感じで、なんでもきっちりやりたくて仕方なかった当時の私は、「ちゃんと材料もってきてよ!」と口うるさく言っていた気がする。そして彼は結局材料を忘れて、あわてて先生が買いに行ってくれたのだ。

 不思議だ、自分でも忘れていたしやっぱり彼と話したのはそのときくらいなのに、こうして思い出してみると話したくてたまらなくなる。

 

 きっと私が年をとって、今更ながら彼のよさに気づいたんだなあ。彼はすごくかっこよかったわけじゃないし、なにかパッとした部分があったわけでもなかったけど、周りのいろんなものを飲み込んで鷹揚に笑うような器の大きさがあったような気がする。

 しかし不思議だ。何年もたったあとに唐突にこうして思い出して、当時は考えもしなかった感情をその人に持つようになるとは。恋というほど確かなものではないけど、曖昧でふわふわした、しかしぼんやりと心が暖かくなる気持ちだ。

 

 私たちは誰かのことを忘れてしまうと、その人のことを「忘れてしまった」と思い出すことはできない。記憶から消えるというのはその人に対する思い入れとか思い出す理由とか、そういうものがなくなってしまうから起こることなのだ。

 だけどたとえ自分では忘れてしまったと思っても、心はちゃんと覚えていて、こうして時々昔のことを思い出させてくれる。

 それにしても、おかげで好きでもなんでもなかったただの同級生のことが心から離れなくなってしまったぜ。彼に会える日はくるのだろうか。

 いつか会えると期待してその日を待とう。