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痛みだって思い出さ

 

今週のお題「私のテーマソング」

 

 

 小さい頃、私の家のまわりは田んぼだらけだった。近道のあぜ道を通りながら自作の歌をいつも歌っていたので、家に帰ると母に「ああ、アンタが帰ってきてると思ったわ。今日はなんの歌だったの?」と笑われる始末だ。

 中学校にはいって「スウィングガールズ」を見て、そのすぐあとに「のだめカンタービレ」がドラマ化された。いとも単純な私は「音楽すげえ!」と大興奮し、高校で吹奏楽部にはいった。大学からは音楽から離れようと思ったのだが、学内で道に迷っている私を案内してくれた先輩にしれっと勧められて、今度は和楽器をはじめた。

 かようにとりとめない音楽遍歴をしている私だが、テーマソングといえば一つしか浮かばない。

 

 それは椎名林檎さんのアルバム「三文ゴシップ」に収録されている、"都合のいい身体"だ。

 

三文ゴシップ
三文ゴシップ 椎名林檎

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 私はお腹が弱い。たいていの人が心や頭で受け止めているいろんなことを、全て腹で受け止めてしまう。そしてそれに耐え切れずに腹をくだす。

 授業中、バスや電車の中、気になる人と会うとき。ありとあらゆる場面で私の腹は不調をうったえ、私を苦しめてきた。腹をくだすほとんどの原因はわかっている。トイレに行きたくても行けない状況だ。

 例えば「あーなんだかトイレに行きたいなー」と思うとする。すると私の腹は自動的にトイレの場所と行ける状況か否かを判断し、無理だと察するや否や地団駄を踏む子どものように不満を訴え、私は心の中で悲鳴をあげながら脂汗をながしてそれを耐えるのだ。

 

 さて、本題にはいろう。

 

 

 

♩ついにやって参りました勝負の時 天気は微笑み役者は揃う

 

 私がこれまでで一番悶絶したのは、大学三年生のときだ。その日は三年間の集大成を見せる演奏会の日だった。この日のため練習に練習を重ね、朝から衣装を着こんで意気込んでいた。天気は晴れ。部員たちも一人残らず時間通りに集合し、あとは開幕を待つだけだった。

  これまで幾多の演奏会を乗り越えてきた私には自信があった。どんな腹痛も乗り越えて舞台にたってきたのだ、ここで多少腹をくだしたところで耐え切れる、と。そして全ては問題なく進んでいたのだ、その瞬間までは。

 

 

♩唯一足りていないものはそう体調(CONDITION)

仕様が無いだろう現状を直視しないと

 

 うっ!!(ゴロゴロゴロゴロ……)

 不幸を孕んだ黒雲から鳴り響く遠雷がごときその音色は、突然私の腹から流れ出した。ば、バカな、なぜ今になって。私は愕然としながら時計を確認する。大丈夫だ、まだ出番までは時間がある。ここは閉ざされたあの場所へむかい、体調を立て直すべきだ。

 痛みに苦しみながらもこういうときの判断は手馴れたもので、すぐさまトイレへとダッシュする。腹に響かない走り方選手権があれば、私はまちがいなく一位をとれるだろう。

 

 

♩振り返れば人生晴天乱気流 なんでもない日は元気 なんだよ いいけど

 

 突然私を襲った腹痛は、高校時代に始めて舞台にたった瞬間や大学入試の際に訪れたものにまさるとも劣らないものだった。人は病気になってみないと健康のありがたさに気づかないという。この瞬間の私の脳裏には、走馬灯のごとくみんなと過ごした三年間が浮かんでは消えていた。

 一年生のとき、みんなで料理をもちよって食べたっけ。二年生のときはクリスマス会でケーキをドカ食いしたっけな。三年生になってからは、合宿にいくカバンのすき間いっぱいにお菓子をつめて、夜な夜なみんなでパクついたものだ。

 孤独な個室の中で一人、クライマックスを迎える私。思い出は美しく色あせないのだと、脂汗といっしょに涙を流す。

 

 

♩つらい帰りたい こんな重要なときに限って 今日に限って(私に限って)

 

 迫り来る出演時間!おさまらない腹痛!ひかない便意!脳裏にめぐる思い出!もしも舞台に立てなかったらという不安!心配をかけているのではという心配!握った手のひらに食い込む爪!浮かぶたった一つの考え!

 「つらい、帰りたい」

 

 

♩レンジでチンして 都合のいい身体を

 

 私は解脱した。

 もしもこの瞬間、レンジでチンして使える都合のいい身体があれば使うだろうか。いや、使わない。なぜなら私は、この融通のきかない不便な身体でこれまでの人生を過ごしてきたのであり、この身体で仲間たちと日々を過ごしてきたのだ。

 今日はこれまでの集大成を見せるハレの日だ。そこに泥(というか便)を塗るわけにはいかない、絶対にいかない。私はともに三年間を過ごしてきた仲間たちと舞台に立ちたいのだ、それ以外はない。

 私の願いが天に通じたのか、腹に立ち込める暗雲は去り、つかの間の平穏が訪れた。

 

 よし、いける!

 

 かくして私は無事に舞台に立つことができたのだった。

 

 

 

 そんなわけで、私はテーマソングにこの曲を推す。林檎さんもいざというときに限って体調を崩すらしく、親近感もMAXだ。

 こうして考えてみるとテーマソングとは案外その人の本質を表しているのかもしれない。自己紹介のときにテーマソングとその理由を話すのも一興だ。 

 みなさんのテーマソングはどんなものだろうか、私のように切実なのに滑稽でないことを願う。