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君の悩みを聞きたくて

日常

 昼間の気温がメキメキとあがって、冬がどんどん遠ざかっていくのを感じる。

 ああ、待ってあなた、行かないで。私あなたが好きなの。そんな風にすがってみても、時は無常に流れていく。

 現実を受け入れることにして、今日は大掃除をかねて衣替えを実施した。

 私は洗濯は好きだが、服をたたむのは嫌いだ。だってどうせすぐ着るのに、いちいちたたんでしまうのめんどうくさいし。

 そんなわけでテレビ台の横には常に服がかかり、クローゼットの奥には季節はずれの服がとぐろを巻いている。

 これ整理するの?マジで?

 クローゼットをあけて奥のほうをのぞいた段階で、すでに心が折れそうだ。

 ていうか折れたので一時間くらい昼寝をした。そしたら夢の中でなにかに追いかけられる夢を見て飛び起きた。

 神様がはやく掃除しろと急かしているのを感じたので、諦めて服をひきずりだす。

 いる服といらない服にわけて、いらない服はまとめてニトリのでっかい袋に詰め込む。とりあえず古着屋にもっていって、売れないものは捨ててしまう算段だ。

 はぁ、誰だよ穴の開いた服をさっさと捨てずにクローゼットに放り込んだのは。私か。

 この服ボタンがほつれているぞ?こういうのは最後に着た人が直しとくべきでしょ、最後に着たの誰?私か。

 げげ!この服型崩れしてる!誰よハンガーにかけっぱなしにしたの!私か。

 過去の自分の怠惰が、いまの私を苦しめる。

 なぜちょちょっとたたんで整理しておくだけのことができないのだろう。

 「めんどくさいを放っておくと、あとから大きなめんどくさいになって返ってきますよ」って、学校の先生が言ってたっけなあ。

 すみません先生、私は学生のころから何も学んでいません。

 そのうち衣替えに飽きてきたので、近所の本屋にプラプラと出かける。

 これは決してサボっているのではない、気分転換だ。人間には休息が必要なのである。

 とはいえ今は月末。新刊もまだ出ていない。

 小説や啓発本のコーナーをめぐり、面白そうなものをパラパラとめくってみる。

 私は小学生くらいのころから本屋を徘徊するのが趣味だ。一日中いても飽きない。

 特に何を買うわけでもなく本(それも小説)をのぞいていると、あっという間に時間が過ぎてしまうのだ。

 さすがに大きくなってからは気が引けてできなくなったが、本屋にいるのは今でも楽しい。

 ぼちぼち引き上げないとなと思いながら、ダラダラとすごしてしまう。

 そのうち一人の男の子が、私の横をすり抜けて奥のほうへ歩いていった。

 いつもの習慣で背格好や特徴を窺う。

 髪の毛は少し長めの癖毛で、ちゃんとワックスでセットしている。背負っているカバンはエナメルで、体育系の部活に入っているようだ。

 紺色のジャージが似合っていて、いかにも学生という風情である。

 ほうほう、これはこれは……と邪な笑みを浮かべて様子を見ていると、彼はそのままピンク色なゾーンへ。そして一冊の本を手に取る。

 ちょっと待て、そこにおいてある本はボーイズがラブする例のアレでは!?

 動揺のあまり本を取り落として店員ににらまれる。

 どどどどど、どういうことだってばよ!?

 読んでいた本の内容なんかどこかに吹っ飛んでしまって、彼が一体どうするのかチラ見する。

 横目で見すぎて、このままでは眼球が目じりから零れ落ちてしまいそうだ。

 彼は何かに迷うように本を置いて少し離れて、それからまたその本の前へ戻る。

 そこへガヤガヤと女子の一団が現れた。ビクリとして慌ててその場を離れてしまう少年。

 「なんか新しいの出てないかなぁ~」

 「出てないって、五月まで待ちなよ!」

 「え~でもぉ~」

 でももだってもないんじゃ、貴様ら今すぐその口を閉じろ!

 彼がいたたまれない気持ちになって本屋から出てしまうだろうが!

 義憤にかられて飛び出したくなるが、私の中の臆病な部分がそれをおしとどめる。

 ええい、ここで戦えぬならなんのための人生だ!冷静なんぞ犬にでも食わせろ!と心が叫ぶ。しかし騒ぎを起こせば、彼が目当ての本を手に入れられなくなるのは確実だろう。

 何も出来ぬ自分にほぞを噛む。

 そのうち彼女らは姿を消したが、彼は気をくじかれてしまったのかピンク色ゾーンからは離れてしまった。

 私は彼が欲しがっていたと思しき本(R-18指定ではなかった)をとり、つかつかとレジへ歩いていった。そのまま会計をすませて袋に入れてもらう。

 本屋の中をキョロキョロと見回すと、彼は雑誌コーナーにうつっていた。

 「はい、これ」

 私は彼に袋を渡した。

 突然のことにいぶかしげな顔をしたあと、彼は中をのぞく。

 「えっ!?な、なんで……」

 驚きと羞恥に顔を赤くして突き返そうとしてくる彼の手をおしとどめ、私はニッコリと笑いかけた。

 「欲しいものを欲しいといえないのは悲しいことだからね。どうか気にせずに受け取って」

 「いや、でも……」

 「いいから」

 やや強引に彼の手にそれを握らせて、さっさと店の外へ出る。

 自分の仕事に満足しながら自転車にのろうとしていると、彼が追いかけてきた。

 「あ、あの、ありがとうございます!でもオレ、これ置けるところないです……」

 「じゃあ公園にでも行く?さすがに何読んでるか覗いてくる人はいないでしょ。読み終わったら私にくれればいい」

 「はい、それじゃあ」

 パッと顔を明るくした彼と近所の公園まで向かう。都合よく誰もいなかったので、隅のベンチに二人で腰掛けた。

 ガサガサと袋から本を出す紅潮した頬がかわいらしくて、思わず横顔を眺めてしまう。

 するとそれに気づいた彼は、「あ、あんま見ないでください」と恥ずかしそうに顔をそらしてしまった。

 それもそうだなと思い、「ごめん」と視線を逸らす。

 「いっしょに読みますか?」

 そう言いながら彼は、私と彼の太ももの間あたりで本を開いた。

 「ありがとう」と言いながら、中が見えるように頭を彼のほうによせる。

 彼は私を気遣ってか、ゆっくりとページをめくってくれていた。ほんとうなら十分に内容を読めるはずのペースだ。

 しかしかすかに香る少年特有の若草のような匂いと、太ももに感じる手の甲の熱さにドギマギしてしまって、内容はちっとも頭に入ってこなかった。

 そのまま最後まで読み終わって、彼は熱っぽい目でこちらを見上げてきた。

 「すごいですねこれ!読めてよかったです」

 「そっかそっか、よかったよ」

 「あの、ありがとうございました……」

 そう言ってペコリと頭をさげられ、「いいっていいって」と思わず慌ててしまう。

 彼が頭を下げたままなので「いいんだってば!」と肩を叩くと、彼はパッと顔をあげた。至近距離にある少年の顔から目が離せなくなる。

 そのとき、スッと私の太ももの上に彼の手が重なってきた。彼の瞳の中に、自分がうつっているのが見える。

 まさかと思う間もなく彼の顔がドンドン近づいてきて、私は思わず目をとじた。唇に柔らかな感触が――

 というところまで考えていたら、彼が本屋から出て行ったのが見えた。

 なにをやっているの私のいくじなし!

 今のはすぐにでもさっきの本を買って、彼を追いかける場面でしょ!

 自分の情けなさに、思わず視界が濡れてしまうことだよ。

 悲しみのあまり、気がついたら買うはずのなかった本を買ってしまっていた。悲しいことがあったのだから、これは仕方のないことだ。

 心を慰めねばならんからな。

 持ち重りのする袋をぶら下げながら、さきほどの少年に思いをはせる。

 彼はいったいなぜ、ボーイズがラブする本を手にとっていたのだろうか。ただの好奇心?それともほんとうに好きだから?

 もしかしたら彼は男の子を好きになってしまって、教科書を欲していたのかもしれない。

 だとしたら本を買うまでもなく、私が相談にのったのに……!ああ、なんと歯がゆいことだろう。

 きっとこの世の中には、本人しかわからない悩みを抱えた少年がたくさんいるのだろう。

 そんな悩みを抱えて生きていくのは辛いことに違いない、力になれるものならなってあげたい。

 私は全世界の悩める少年の味方です。

 だけど今はその前に、結局片付けきれずにすぐ後ろのベッドにうずたかくつまれた服を片付けてくれる少年がほしい。

 どうしてお片づけも終わらないまま、私はこんなものを書いているのだろうか。

 ねえそこの君。いっしょに服をたたみながら、悩み相談をしようよ。

 私の悩みは、今夜ベッドが使えそうにないことかな。