呆れた顔で笑ってよ

 新年度が始まって、はや一ヶ月。

 新入社員や新入生という言葉を見る機会が多くなり、フレッシュパワーと花粉を目から流し込まれて悶絶している。

 私の通う大学にもピカピカの一年生がはいってきて、学内の平均年齢が2歳くらい若返った。

 この間まで高校生だった若者たちの輝きは、私の胸をうがつのに十分だ。

 二人連れで歩く男子のあまりの眩しさと無垢な笑顔に、「新生活に心ときめかすゲイカップル」という設定をつけて眺めずには居られない。

 おっと、あっちには「高校は別れてしまったものの大学で再開を果たした両片思い」の男子がいるぜえ。へへへ、こいつは今年も退屈しねえですみそうだ……。

 危ないものを見る目で新入生に見られたが、私は今日も元気です。

 そして、この春。

 そんなフレッシュマンたちにまざって、同い年の友人の森ちゃんが院生として入学してきた。

 「久しぶり~、元気してた?」

 「元気しちょったよ!」

 私は進学して大学に残ってしまったので、同期がいなくなってさみしい思いをしていた。

 やはり同い年の友人がいてくれるというのは、それだけで慰めになるものである。

 ドラゴンボール(単位)がそろわなくて半年ほど学生生活を延長した彼女は、去年の夏に卒業という願いを叶え、大学から旅立っていった。

 それから半年ほど音信不通で、この四月にようやく再開を果たしたというわけである。

 「卒業してから半年なにしてたの?」

 「ビールつめよったよ!」

 「……なんて?」

 「ビールをね、箱につめよったんよ!それからおせちもつめよったよ~」

 嬉しそうな顔で報告してくる森ちゃんは、どこからどう見ても森ガール。

 ゆるふわな笑顔と、工場の無機質な製造ラインがかみ合わない。意外だ。

 「あ、でもね~、工場っていってもおばちゃんとかたくさんおって、めっちゃ楽しかったよ!田舎のおばちゃんて優しいし面白いね~」

 森ちゃんはあっけらかんと笑っている。消えていた半年間、学費を自分で払うためにずっとバイトをしていたらしい。

 どうやら彼女は、森の中でも生活していけるタイプの森ガールのようだ。もりもり食べているお弁当も、なんだか取り合わせが謎である。

 「それバイト先の人にも言われた~。チョコチップパンと鯖の塩焼き食べよったときかね」

 甘みと塩分が口の中で合わさって、モダンアートのような味になりそうだ。

 最近はしょっちゅう図書館で、勉強なんだかおしゃべりなんだか分からない時間を彼女と過ごしている。

 大体こんな感じだ。

 「なあ」

 「なに?」

 「あそこの男子二人さあ、なんか……」

 「あ、私もおもっちょった。顔近いよね」

 「ホモかなあ」

 「ホモやね」

 思ったことを共有できる友人のありがたみを噛みしめるばかりだ。

 私から発散されているもやもやしたホモへの熱気を、森ちゃんは察して受け止めてくれるのである。

 そんな彼女は、男子の髪の毛の長さに並々ならぬこだわりを持っている。

 とにかく髪の毛が長くないといやなのだそうだ。

 「そんな言っても、恋人とかだったら平気なんじゃないの?」

 「うーん、恋人でも好かん!」

 「そうなん?」

 「私ね、まえ恋人と待ち合わせしとったんやって。はよこんかな~っちおもよったらね、遠くのほうに彼っぽい姿が見えたんよ。でもね、なんかシルエットがおかしいんよ。近づいてくるうちに髪の毛が短いことに気づいたからね、『なんだ別人か』と思ったら恋人でね、腰が抜けた」

 「あっはっはっは、なにそれ」

 「笑い事じゃない!ほんとにショックで気が遠くなったんよ!」

 恋人にすら妥協を許さない森ちゃんの姿勢に脱帽だ。

 なんだかんだでラブラブに過ごしているようなので、持たざる者の私としてはうらやま微笑ましい限りである。

 「なんでそんなに短髪イヤなの?」

 「う~ん、トラウマがあるんよね」

 「トラウマ?」

 「そう、あれは忘れもせん小学六年生のとき。私には仲良くしよった男の子がおってね、ほんとに仲良しでいっつもいっしょにおったんやって~。修学旅行のときもクラスでもずっと二人だったんよ」

 「おお、いいじゃんいいじゃん」

 「でもね、その子地元の野球チームに入ってね、ある日坊主になってきたんよ!私、あまりのことにぶっ倒れそうになってね、それ以来いきなり髪の毛が短くなるのが怖くてしかたないんよ~」

 「それはショックだね、あっはっはっはっは」

 「だから笑い事じゃないんやって!」

 長髪好きの根の深さに、私は笑いっぱなしだ。

 笑い事じゃないと言い張る森ちゃんも笑っている。

 人間にはいろいろ好みがあってしかるべきだ。

 ちなみに私は短髪が好きである。

 

 髪の毛の短い男の子が運動したあと、わしゃわしゃ髪の毛をかいて飛び散る汗など、思わず収集したくなるほどだ。

 男子更衣室に漂う汗やラバーシューズの匂いがまざった、独特の香りも大好物だ。

 森ちゃんの長髪好きを笑ったが、自分の趣味のほうがよっぽどマズいのではないかと首をかしげている。

 私は今まで、人間関係というのは切れてしまったらそれっきりだと思っていた。

 今でも、ふっつりと関係がなくなって消えてしまうことはあるのだと知っている。

 だけど一方で、久しぶりでも昨日の続きのようにおしゃべりができる友人もいるのだ。

 そういう友人との関係は離れていても続いていて、ふとしたことで「今どうしてるかな?」と頭に浮かんできたりする。

 私はそれが嬉しい。

 私たちの人生にはたくさんの人が出入りしていくけど、彼らは離れることはあっても出て行きはしないのだ。

 人生にしっかりと根付いて、くだらないことで笑ったり、バカげたことで心配してくれたりする。

 私はいつだって安心して、青少年のよくわからない分泌物や、男子学生の微妙な距離感を好きだと言っていられる。

 なぜなら彼らは、いっぱいの愛情をこめて「しょうがないやつだな」と私を笑ってくれるからだ。

 「せっかく妄想するなら、誰かが笑ってくれるほうがいい」をモットーに、今日も元気に夢見がちである。