関西の風

 春が近づいてきたからか、雨が多い。

 私は無力だ。洗濯物がドンドンたまっていくのを、なす術もなく眺めることしかできない。

 もしも私に天候を操る力があれば、洗濯物をしたい人リストを作るだろう。リストに人が溜まってきたら一日晴天の日をつくって、思うさま洗い立ての服を干してもらうのだ。

 それからにわか雨を増やす。下校する男子学生に雨を降らせて、水の滴る髪の毛や透けるシャツを堪能するのだ。

 春の雨は服にからみついてくるような湿気がある。

 体や服にすむ小さな生き物たちも活発になってきているような感じがして、ちょっぴり鬱陶しい。

 せっかく新たな始まりの季節を迎えたというのに、こうもじめじめしていてはつまらぬと、クサクサした気持ちで過ごしていた。

 そんなある日、ゲイの友人から連絡がきた。

 「今度の日曜友達と遊ぶんですけど、県外の人で泊まる場所ないみたいなんです。そんでよかったら一緒に遊んで、ついでにその人泊めてあげてもらえませんか?」

 わ、私、頼られてる!?

 彼は年下なのだが、後輩的なかわいさを持つ男の子である。そんな子に頼られて、単純な私は有頂天だ。

 頼られると応えたくなるのは男の性なのだろうか。

 考えてみれば私は基本的に人の頼みを断れない。断ることに微妙な良心の呵責をおぼえてしまう。

 困って頼みごとをしてきているのだから、助けてあげるのが道理だと考えているからだ。

 それからもちろん、頼ってもらえるのが嬉しい。理由としてはこっちのほうが大きいかもしれない。

 頼られるということは、その人の頭の中に自分がいるということだ。それに多少なりとも信頼されているという証だろう。そういうことが嬉しくて、思わずやに下がってしまう。

 私はどんな人と一夜をすごすことになるのかと、ドキドキしながら当日を待った。

 そして当日、待ち合わせ時間の前に友人から連絡がきた。

 「なんかいっしょについてきた人がいるらしくて、遊ぶときもう一人増えてもいいですか?」

 こちらにくる人というのは関西圏の人だった。それについてきたということは、同じ地域の人だろう。

 思いつきでその日にくるとはフットワークが軽いなあと思いながら、大丈夫だと返す。

 そして待ち合わせの時間。やってきたのは男前三人衆だった。

 まずは私の友人A。小柄でいかにも男の子っぽいくっきりした顔立ちをしている。

 そして彼に頼まれた友人B。スラリとした体躯に、羽織っている薄手のロングカーディガンがよく似合っている。

 さらに予期せぬ来訪者友人C。こちらはいかにも密度の高そうな、しっかりした体つきをしている。

 小心者の私は、男前に囲まれて浮き足立ってしまった。

 そもそもゲイの人と顔を合わせることがあまりないので、「これみんなゲイ!?」と不思議な感慨を味わった。

 ひとまずカフェでお茶をしながら(「カフェにでも行きましょうか」というこの状況がもはやオシャレだ)、自己紹介と雑談をする。

 気さくな人たちで自然に話しかけてくれたので、なんとかかんとか受け答えをする。

 その後私は少し用事があったので場を抜けて、また夜に合流する運びとなった。

 そして再びの邂逅。

 「俺帰るから」というAくんを、友人Bがさかんに引き止めているのを微笑ましく眺める。

 はっ……!これってもしかして、帰らなきゃいけないことは分かっていても引き止めてくれる友達の気持ちが嬉しくてはにかんでしまうアレでは……!

 意識した途端に頬の筋肉が私の意に反しようとし始めた。ダメよ、こんなことでにやついていたら、ハードルの低い奴と思われるわ!

 結局駅前で別れることになり、別れを惜しんでAくんを抱きしめる友人BC。もうちょっと積極性があれば私も抱きしめにいけるんだがなあと思いながら、「じゃあこの人ら頼んます」という彼に頷いてみせた。

 二人をつれて家までの道をぽくぽく歩く。

 通いなれた道を異郷の人を連れて歩くのは不思議だ。

 自分の日常と他人の非日常が入り混じっている感じがして、ワクワクしてしまう。

 「だから、お前の喋り方がキモいんだって!」

 「なにそれ、なにがだめなん」

 スラリとした体躯のBくんががっしり系なCくんに、聞きなれない関西のイントネーションで話しかけている。なんだか新鮮で楽しい。

 しかしなんの会話をしているんだ。

 「普通な、下心ある人はエロい喋り方するやん?」

 「おう」

 「だから喋り方から、『あ、この人はエロいんやな』って分かるよな」

 「おう」

 「でもお前ずっとテンションいっしょ!なのに下心あるの分かるから隠してるっぽさがあってキモい!」

 おお、なるほど……!

 確かにあけっぴろげなエロスよりも、ないように振舞われているエロスのほうがなんだか卑猥だ。

 それはCくんも理解できたのか、ふむふむと頷いている。

 「だから下心あるなら下心あるんですよって分かりやすいほうがええし、そのほうがこっちもどう対応したらいいかわかりやすいねんて」

 おお、名言だ。下心は隠すからいやらしいし対応に困るのだという核心をついた、素晴らしい発言だ。

 Cくんは彼を「師匠!オレにもっと下心のことを教えてください!」と教えを乞いはじめた。「イヤやわ、そしたらオレがお前を育てたみたいやん」とBくんはつれない。

 家についてからもこんな調子で、終始退屈しなかった。

 例えば、「相手に躊躇なくハグしたりできるか」という話になった。

 これが見事に意見が割れて、私はできない、Bくんはできる、Cくんは相手によるという答えだ。

 私がハグできないのは、自分なぞに抱きつかれたら相手が気を悪くするのではないかと不安に思ってのことだ。

 ブサイクに抱きつかれるのは不快なことだろうし、別に身体的接触なしでも人間関係は成り立つのだから、しないほうが波風が立たない。

 というのはまぁ方便で、自分からくっついたりする勇気がないだけでもある。

 それを言うとBくんはびっくりした顔をして、「だってくっついたら距離縮まるじゃん!」と単純明快に言い切った。

 だいたいの人は相手のこと嫌いじゃなかったらハグとかされたら嬉しい。触られたりするのイヤだったらそもそも関係も深くなりづらいだろうから、さっさと分かっていい。

 「いいことづくめじゃん!」とニコニコ笑うBくん、強い。

 そのあと抱きつこうとしてこうされたらこうする、というのをBくんとCくんで実演して見せてくれた。

 「じゃあC俺に抱きつこうとして?」

 「はい」

 言いながら両手を広げたCくんにたいして、「うわっ」と思いっきりイヤそうな顔をしてみせるBくん。

 いっさい構わずに「うりゃあああ」なんて言いながらCくんに思い切り抱きつかれて、「やめろやー!やめろー!」と叫んでいた。

 「じゃあ今度逆な」

 そう言ってBくんは両手を広げて、それにあわせてCくんも両手を広げた。

 「逆だって!それじゃ実演にならんやん!」

 我慢できずに大笑いしてしまった。もともと仲良しならしい二人は息ぴったりな上に、やりとりが完全にコントなのだ。

 これが関西の力かと笑いながら思い知る。その後もなんやかんやと、実に楽しい夜を過ごした。

 私はいままであまりゲイの友人をつくってこなかったが、こういうのも楽しいものだ。

 あけっぴろげに話ができるし、他の人には話しづらい悩みなんかも聞いてもらえる。

 「いろんな人と会って喋ってみるといいよ、いろんな人いるし楽しいよ」

 Bくんにニコニコ笑いながら言われて、胸の中を春風のように心地よい風が吹き抜けていくのを感じた。

 外では雨が降っているけど、彼の笑顔は爽やかで、新しい季節を告げてくれているようだ。

 季節は自然だけではなくて、人が連れてきてくれることもあるのかもしれない。