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君は俺の18禁

日常

 背後にある温もりが、ゆっくりと呼吸する気配がする。

 落ち着きかけた心臓は、身動きして身体が触れるたびにあるべき場所から飛びだした。私はだき枕を強く抱きしめて、それを力ずくで元々の場所に戻そうと苦心する。

 「だき枕っていいんですか?」

 低くかすれた声は、布団に響きを吸いこまれるのかくぐもって聞こえた。

 「うん、いいよ。抱いてみる?」

 平静をよそおって答えたが、胸が内側から叩かれているせいで、最後がかすかに震えてしまった。

 生娘のように思われるかもしれない。自分の情けなさにむしろ腹がたってきて、押し付けるようにだき枕を渡そうとすると、丸太のような腕が後ろから伸びてきた。

 大きな手のひらはするりと私とだき枕の間に入りこみ、引きはがすように私だけを抱き寄せる。

 私は急に背中をおおった熱に驚いて、身を離そうとした。彼は子どもが母親にしがみつくように、ぎゅっと力をこめてそれを阻んだ。

 後頭部に額を押し付けてささやく。

 「ほんとだ、いいですね。温かくて安心します」

 吐く息と声の振動が、首筋に直接伝わる。

 くすぐったさにかあっと熱がうまれ、肌がうなじからぺりぺりとはがれて、動物的で凶暴な部分があばかれてしまうような錯覚に陥る。

 「心臓が動くたびに、胸がびりびりします。この振動は俺のですか? それとも、先輩の?」

 彼はそっと私の手首を掴んだ――。

 はっ!

 いかんいかん、バイト中だというのに白昼夢をみていたぜ。

 おっと、よだれが。ていうか頬がにやけたまま元に戻らない。マスクをしていなければ通報されていたところだ。

 夢のお相手は、いま私が熱をあげているバイト先の後輩だ。

 ほんの一瞬眠っただけで、夢の中に登場させてしまう程度には夢中である。

 みなさんはこの間の日記で登場していただいた、私を飲み会から連れ出す役の男子を覚えておいでだろうか。

 なんと彼の存在は妄想ではなかったのである!もちろんその後の展開は、私の妄想だけどな。

 なにはともあれ、彼はとんでもないデキる後輩男子だったのである。

 なお、いつまでも「彼」だとめんどくさいので、今後は藤くんと呼ぶことにする。

 あれは先週のことだった。

 実家に帰った私は母と鍋を食し、「これはあんたが持って帰ってよ、私こんなに使い切らないわ」とあまった材料を押し付けられていた。

 もちろん食べ物は大事だ。しかしものには限度というものがある。

 一人で食べきれないほどの量を持って帰っても、腐らせるだけでもったいない。

 バイト先の男の子にぐちぐちとそれを漏らしたところ、「じゃあこのあと先輩の家で鍋しましょうよ!」と提案された。

 一足先に帰った私は大慌てで部屋を片付け、鍋の準備をした。うふふ、バイト仲間と鍋なんて、まるでリア充みたいじゃない。

 今か今かと待っていると、ついにピンポンがなった。外をのぞくと、予定していたメンバーに藤くんが加わっていた。

 姿を見た瞬間に、どうしようもなく高鳴ってしまう我が心臓。すわ不整脈かと不安になる。やだ、どうして彼がここに?

 「適当に声かけたら藤くんも来るって。大丈夫でした?」

 「ももももちろん!」

 むしろグッジョブだ。私が教授なら百点満点を差し上げている。

 ひとまず彼らを居間へ通し、鍋を火にかける。

 自分の家の中に藤くんがいるという現実を受け止めきれず、ちらちらと様子をうかがってしまう。

 「すげぇ!マンガいっぱいある!あ、これ俺読みたかったんスよ~」

 「好きなの読んでいいよ」

 そのマンガを買おうと決意した過去の私にも、そっと満点を差し上げた。

 鍋はつつがなく進行した。たしかドラマの「○○妻」が流れていたので、あれは水曜日だったのだろう。

 買い足した食材からシメのうどんまで平らげ、まったりとした空気の中でおしゃべりは続く。

 日付がかわり、めぼしいテレビ番組がないので映画を見始め、見終わったころには午前三時だった。

 「いけない、私そろそろ帰りますね」

 鍋に参加していた女子が腰をあげた。しかし言いだしっぺの男子と藤くんは、こたつから上半身だけをはみ出させて半分くらい寝ているようだ。

 勇気を振り絞るのはいつ?いまでしょ!

 「眠そうだね、泊まってけば?」

 言ったあああああ!!

 よく言ったぞ!!頑張った私!!

 「え、マジスか?じゃあお邪魔します(笑)」

 やったあああああ!!

 心の中に、冴えないフォワードが決勝戦でいきなりハットトリックを決めたくらいの歓声が響き渡る。

 いける、今夜の私なんだかいけそうな気がする。

 「なんだったら風呂も使っていいよ」

 「あー……じゃあ甘えます。髪の毛ベタベタするし」

 もはや律しきれなくなった頬の筋肉を隠すため、そっと洗い物をしに居間を出ました。

 いいのか藤くん!私と君は知り合って一週間そこらだぞ!その上初めて訪れた先輩の家で、よくぞそこまで遠慮なく振舞えるな!

 もともと面倒を見たいタイプの私からすれば、勧めたものをどんどん受け取ってくれる彼は愛情の受け皿のようなものだ。

 もしかして私たち、相性いいんじゃないかしら。

 心を落ち着けるために、彼が風呂に入っている間も洗い物をする。あああすぐ背後で、彼がシャワーを浴びる音が聞こえる……。

 あえて冷水に手をさらし、ようやくときめきが落ち着いたころ、彼が風呂から出てきた。

 「あ、先お借りしました」

 上裸だと!?!!?

 目線のやり場に死ぬほど困った挙句、精神力だけで彼と目を合わせる。

 見てないぞ。私は君の膨らんだ大胸筋も、肉付きのいいわき腹なども見てないぞ。

 藤くんは、そのまま上裸で居間へと向かう。バイト終わりにそのまま来たので、スーツが窮屈そうだ。

 「ジャージ使う?」

 「あ、使います使います」

 その言葉とともに、一切の躊躇なくズボンを脱ぐ。

 丸太のような太ももに、ぴったりとしたパンツ。試されているのだろうか。

 あまりにも衝撃的すぎる光景に、不肖ワタクシ、気絶しかけました。

 逃げるように風呂場へ向かい、熱いシャワーで心の汚れを洗い流す。

 落ち着け、私は気のいいバイトの先輩。それ以上でも以下でもないのだ。ただ彼を一方的に恋い慕っているだけなのだ。

 念仏のようにそう唱えまくる。

 風呂をあがった頃には冷静で沈着ないつも通りの私だ。

 ただ正直、いくら家の中とはいえ真冬に半そで(しかもピチピチ)一枚でいるのはどうかと思うぞ。君の健康にも、私の精神衛生にもよくない。

 髪の毛を乾かし、寝る準備を完璧にしてベッドに倒れ込む。

 マンガを読む彼をぼんやりと眺めているうちに、私は眠りに落ちたのだった。

 次の日の朝はやく、彼は帰っていきましたとさ。寝顔はとてもかわいかったです。

 常日頃から妄想の世界に身をおいている私のような人間にとって、彼のような三次元男子は刺激の強すぎるものなようだ。

 おかげさまであの夜は、全身から鼻血がふきだすところだった。

 現実の男子は肉感的すぎて、眺めているだけで胸がドキドキしてきてしまう。

 もはや存在がR18だといっても過言ではない。

 おまけに彼ときたら、「女子中高生のかわいいなんて信じられないよねえ」という私に対し、「霞さんはかわいいっすよ」などとサラリと言ってしまうようなナイスガイなのだ。

 えええそれってどういうことー!?

 「またまた冗談ばっかりい」と笑いつつ、心の中で私は叫んだのだった。

 なんだか藤くんと居ると、心の中で歓声や叫び声をあげる回数がやたらと増えてしまう。

 たぶんこれは、アイドルが舞台に出てくるだけで悲鳴のような声をあげてしまうファンと同じような心理だろうな。

 私だけの正統派男性アイドル藤くんから、今後目が離せません。