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今すぐここから私を攫って

日常

 もうこんな生活耐えられない!

 私はちゃぶ台もひっくり返らんばかりの勢いで立ち上がった。そのままベッドへ飛び込み、毛布を引っかぶる。

 ついに限界がきたのだ。

 世の中には、しゃべることでストレスを発散する人種がいる。主に女子高生やおばさん、おばあさん、そして私だ。

 くだらないことを勝手気ままにしゃべることで、言葉といっしょにたまったものを吐き出しているのだ。

 それなのに、私はここ半年ほどちっともおしゃべりできないでいた。

 話す相手といえば、バイト先に入ってくるキラキラしたフレッシュマンや、授業がいっしょになっただけのよく知らない同級生。

 もちろん感じ悪くするわけにはいかないので、ニコニコ笑って興味ない話にも相槌をうちます。

 いかにも楽しげに話す術だって、身につけておりますとも。

 だがしかし!

 私はそもそも人見知りする性質だし、そんなことをいつもしていたらあっという間にストレス値がマックスなのだ!

 ああしんどい。

 気兼ねない相手にどうでもいい話(メガネかけてマスクつけるとくもってイヤだよねとか、近所のコンビニのお兄さんがすっごくかわいくてさあ、など)をしたい。

 私は日に日に衰弱していった。

 そんな折、アルバイト先から新年会をしますという連絡がきた。

 忘年会を断った手前、新年会にまで顔を出さないのは気が引けたので、参加しますとメールを送る。

 そしてきたるエックスデー。

 つれていかれた飲み屋は隠れ家的な雰囲気、つまりやたらとせまいお店だった。少しイスを引けば、背後の人にぶつかってしまうような距離感だ。

 おまけにトイレのドアは店内から丸見えの壁についている。しれっとご不浄に引き篭もることすらできやしない。

 そんな追い込まれた状態の私の前に座ったのは、いま注目の新人くんだ。ヒカリだかキラメキだか、そんな名前のルックスよしノリよし人当たりよしなナイスガイである。

 神様、これはなんの試練ですか。

 酒が入ってどんどんもりあがる周囲と、それに反比例するかのようにズンドコ落ち込んでいく私。

 そしてついに爆弾は投じられた。

 「ねえねえ、新人君って彼女とかいるの?」

 「なんスかいきなりぃ~」

 敵襲!敵襲!

 耳に飛び込んできた会話に、にわかに緊張が走る。やめろ、そんな話はいまの精神状態で聞きたくない!

 私の願いもむなしく、酒ですべりのよくなった彼らの口は、戦闘機のプロペラのようにまわる。

 「いるでしょ!彼女!」

 「いやいや、いいじゃないッスかその話は(笑)」

 「あ、そいつ彼女いますよ」

 「ほらやっぱり~!いつからなの?」

 「あー……一年生のときからだから、そろそろ二年目ッスね(笑)」

 チュドドドドドドドーーーン!!

 総員退避!退避ー!

 敵はナパーム弾どころか、核弾頭を落としてきたぞ!

 うわあ!なんだここは、地雷原じゃねえか!

 足がふっとんだ!たすけてくれ!

 脳内があっという間に激しい戦場に様変わりだ。しかも負け戦。

 ええいうっとうしい、恋愛なんぞにうつつを抜かしおって!貴様がいつから恋人とよろしくやっているかなぞ、興味ないわ!

 心の中で雄たけび(負け犬の遠吠えとも言う)をあげながら、そっと端っこと席をチェンジだ。

 彼は飲み会を楽しめて、私は静かな場所に逃げられる。これぞ平和的解決。私は反戦主義者です。

 あぁ、ここは平和だな。隣の女の子にいたっては緑茶を飲んでいる。

 私も緑茶頼もうかな、でもとりあえずこの酒を飲んでからにしようかな。

 ぼーっと考え事をしていると、隣に別の新人君がきた。体育会系の肉付きのいい褐色男子だ。

 「元気ッスか?」

 「あー、まあね」

 「疲れてますね」

 人懐っこく笑いながら話しかけてくれる。なんだろう、端っこで寂しくしているから、気を使ってきてくれたのだろうか。

 ありがたいけど、いまの私と話しても楽しくないぞ。

 そう思いながらなんとなく雑談していると、不意に彼が身を寄せてきた。

 「つまんないなら、ここ二人で抜けちゃいます?」

 「なに言ってんの」

 「冗談じゃないッスよ、外出ればまだあいてる店あるでしょうし」

 言いながら笑いかけられる。パッと見た感じいかつい顔つきだが、笑うと急に幼く見えてドキッとしてしまう。

 かすかに漂ってくるお酒と男の匂いにドギマギしながら、「年上をからかうもんじゃないよ」と視線をそらす。喉がやたら渇いて、目の前のお酒をあおる。

 少しの沈黙のあと、机の下で手を握られた。

 とたんにビンッと背筋が伸びる。でも振り払うのも変な気がして、握られたままになる。

 心臓が早鐘のように打ち始めるが、まわりはお喋りに夢中で気がついていない。どどどどうしよう。

 「ちょ、ちょっと……」

 いさめるために今度は自分から身を寄せて耳元でささやくと、さらに強く手を握られた。

 彼の目には、イタズラを楽しんでいるような光が踊っている。だけど眉尻がさがって、少しだけ不安そうでもあった。

 「……もう、分かったよ。正直ここあんまり楽しくないし」

 「マジッスか!やった!」

 嬉しそうに笑う彼に毒気を抜かれて、私もへにゃりと笑ってしまった。

 店を出た私たちを、夜の街はその喧騒の中に覆い隠してくれるのだった。

 というような妄想をしていたら、無事に飲み会は終わった。

 え?どこからが妄想かって?飲み会に行ったところまでは本当ですが、そこからは想像にお任せします。

 店の外に出ると、できあがった同僚が話しかけてくる。

 やめろ!私に二次会の話をするな!全身から立ち上る帰りたいオーラが見えないのか!

 写真をとったりなんだりしたあと、なんとか輪から抜け出て、そっと撤退したのだった。

 帰り着いた私は全身傷だらけ。衛生兵もお手上げで、もはや明日の日の出も見られぬ。どっとベッドに倒れ伏す。

 倒れ込んだままちょっと考えてみたのだが、やっぱり人間関係でムリするのはよくないのだ。

 私たちは好きだから笑いかけるのである。好かれるために笑うのは心の力を使うので、消耗が激しい。

 ただでさえ人付き合いの下手な私が、そんな玄人向けの技を使えば、ガソリン切れを起こすのもさもありなんという感じだ。

 人と仲良くなるには、ゆっくりちょっとずつ着実にが望ましい。

 だけどこんなにセンシティブで、私生きていかれるのかしら。

 かくなるうえは、箱入り娘的な感じで家にかこってくれて、生活の面倒を見てくれる旦那を見つけるしかあるまい。

 もちろん家事は一生懸命しますわ、三つ指ついてお迎えだってしてみせます。早起きして朝ごはんだって作ります。

 どうかどなたか、こんな私をもらってください。ダメか。