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昨日生まれたと思ったら

日常

 ウィーン、ガガガガガ、ヂュギイイイイ。

 こだまでしょうか。

 いいえ、我が家の前を工事する音です。

 昨晩、三時ごろ。

 私はベッドにクッションをたてかけて、布団に埋もれてぬくぬくしながら本を読んでいた。

 なんとなく眠たくなってきたけど、本はまだ半分もいっていない。「今夜中に読みきるのは無理だなあ」と、諦めて洗面台に向かう。

 鏡に向かって百面相しながら(表情筋を鍛えるためだ)、歯をシャコシャコと磨く。うーん、どんな顔してもブサイク……。

 特にイーッと歯をむき出してるときが最悪だ。ほうれい線(鼻の横を口角に向かって降りる皺)が出ちゃうし、皮膚にひっぱられて鼻も横に広がっちゃうし、人前では絶対にしてはならない顔である。

 歯医者さんで「イーッてしてください」とか「縦に大きく口をあけてください」とか言われるけど、アレするときは顔に覆いをかけて欲しい。醜いから。

 表情筋トレーニングをしながら歯磨きをして、いつものようにちょっと歯磨き粉をこぼし、あごに滴る白い線を見て虚無的な気分になる。

 負けるな私、戦え私。ブサイクでも表情豊かな人間は魅力的だぞ。

 自分を励ましながら歯磨きをおえ、布団にもぐりこんで電気を消した。

 そしてしばらくして、その音は鳴り始めた。

 ゴガガガガガガ。

 家が震動するほどの音に目を見開く。

 カーテンの向こうが明るいぞ。何事じゃ。

 窓をのぞいてみると、家のまん前にショベルカーやら謎の機器を満載したトラックやらが止まり、その奥で工事を始めているではないか。

 なんだってこんな時間に!

 そこまで考えて、ふと思い出した。そういえば工事のお知らせ的な紙が、ポストに入っていたような……。

 捨ててしまったのでもう見れないけど、十二月に入ったら工事しますよーという内容だったように思う。

 さすがにこの騒音では寝れない。早いとこ作業を切り上げてくれることを願うも、工事は終わる気配もない。ほんと真夜中にお疲れ様です。お願いだから帰って寝て、昼間に作業してください。

 労いなんだか懇願なんだか分からないことを考えながら、布団にもぐってひたすら耐える。

 だいたい、あんな紙切れ一枚入れて夜中にこの騒音と振動って、どういうことだ。寝てれば気づかずに過ごせたのだろうか。

 静かに森で過ごしていたら、突然人間たちが踏み入ってきて暮らし始めてしまい、生活を乱された神様のような気分だ。年に一度、生贄を要求するのも頷ける。

 できれば私も生贄を要求したい。工事のあんちゃんたちの中から、二十代で毛深くて逞しい、そしてできればむせ返るような雄の臭いを放っているものを出せ!

 工事の騒音はその者を慰み者にすることで、耐えてやろうではないか。悪い取引じゃあないだろう、近隣住民の怒りは怖いぞう。

 ぴひょっ。

 邪悪な妄想に耽っていたら、間の抜けた音がした。携帯電話が振動する。誰だこんな夜中に。

 もぞもぞと確認してみると、友人からのメッセージだった。

 「誕生日おめでとう!」

 何回か見返して、それからようやく意味を理解した。

 私、誕生日だ!

 自分が今日生まれたということを、うっかりすっかり忘れてしまっていた。子どものころは十二月に入ったら、それだけで誕生日が近づいてきてワクワクしていたのになあ。

 これが年をとるということか(実際一つ年老いた)と、衝撃的な気分になりながらお礼のメッセージを返す。

 布団の中で、工事の騒音と自らの生み出した邪悪な妄想に囲まれて迎えた誕生日。なんの風情もない。

 こうして特別な日は、なんでもない日にどんどん還元されていくのだろうか。切ないなあ。

 力尽きて布団に身体を預け、気がついたら寝入ってしまっていたのであった。

 我が人生に一片の悔いなし。嘘だよ、悔いありまくりだよ。

 そして今日目が覚めたら、後輩と待ち合わせをしている時間だった。

 目覚まし時計はどうしたの!?

 慌てて確認すると、バッチリ切られている。どうやら犯人はこの密室の中で、目覚まし時計のスイッチを切ることに成功したらしい。

 あ、ダメですか。この謎はすぐ解けますか。はい、そうです、私が犯人です。密室殺人かと思ったら自殺だった、みたいな台無し感がある。

 謝罪と遅れる旨を伝えると、後輩は「いいですよ~」と快く許してくれた。

 寝坊常習犯だから、もしかしたら遅刻まで織り込みずみで居てくれたのかもしれない。どっちが年長だか分からない。

 ひいこら自転車をこいで向かうと、彼はすでに待ってくれていた。ごめんよう、ごめんよう。

 用事をすませたあたりで、「これどうぞ」と紙袋を渡された。

 えっ、なんだろうなあ?ぜんぜんわかんないなあ?実は会ったときからその手に持っている紙袋はなんなのか聞こうと思っていたけど、いやあ思い当たりがないなあ。

 「誕生日プレゼントです(にっこり)」

 ぎゃああっ!眩しいっ!

 遅刻常習犯で、歯磨きしている最中に百面相をした挙句、よだれを垂らすようなバカにはもったいないです。

 あ、でもせっかく選んでくれたものを受け取らないのも悪いよねえ、グシシ。

 ありがたくいただいて、その場で包みを開ける。

 中から出てきたのは、座れる毛布とブランケットだった。

 座れる毛布というのは、イスの上において使う半分起き上がった座布団のようなものだ。腰辺りを暖めてくれる優れものである。

 冬だもんね。こういうのあると、いいよね。

 ありがとう。

 誕生日がなんでもない日だって?とんでもない。

 こうしてプレゼントをもらえて、こんなに特別な気分になれるのだから、誕生日は間違いなくスペシャルデイだ。

 ……三十近くなっても同じことを言えるかどうかは、怪しい。

 それにしても、私は毎年のように毛布類をプレゼントされる。

 四年前は着れる毛布で、三年前はたたんで丸めるとクマの顔が出てくるかわいいブランケット。去年はオレンジ色の小さなひざ掛けで、今年のは茶色くてそれより大きなひざ掛けだ。

 そんなに寒そうだろうか。

 きっと寒そうなんだろうな。色白いしな。

 いっそ「寒そう」路線を突き進んで、「思わず抱きしめてあげたくなる」「暖めてあげたくなる」を目指そうかと思う。

 そのために冬場はなるべく薄着をし、肌を露出させようではないか!

 あ、それだと逆に寒いのが平気そうだから、むしろ着込んだほうがいいのかな?

 もっこもこの服に身を包んでいる姿は、きっとかわいらしいことであろう。

 かわいい笑顔も身に着けるために、今日も歯磨きと百面相だ。

 努力の方向を間違ってるって?

 これでいいのだ。