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あなたのために

日常

 私は冬が好きだ。冬は温かいものを、温かいと思うことができる。

 例えば肉まん。コンビニで買ったばかりの熱々をほお張ると、なんとも言えず幸せな気持ちになる。

 持っているだけで手が温まるし、冷え切った空気の中にほくほくと白い湯気が立ち上るのもいい。

 近所のコンビニにはしょっちゅう男子高校生がたむろしていて、肉まんやらおでんやらを手に持っている。たまに食べかけのを分けてもらったり、あーんしてもらったりしているところにも出くわす。

 そういう時、私は彼らにバレないように顔を正面に向けたまま、限界まで眼球を横に向ける。前から来た人はさぞかし恐ろしい思いをすることになるだろう。

 それに月並みだが、人の温もりを感じることができる季節だというのもある。

 学生時代に、登下校や体育で冷え切った手を襟からつっこむイタズラの経験は、きっと誰にでもあるだろう。

「ひゃっ!?」「やめろって!」なんて言いつつじゃれあう男子学生の姿ときたら、まるで子犬が原っぱでもつれあっているかのようだ。

 あまりに微笑ましくて、私の頬の筋肉が大変なことになる。

 これまでの人生で、寒くなるたびに温もりというものについて考えてきた。性懲りもなく今年も考えている。

 特に答えがあるようなテーマでもないので、単純に考えるのが好きなだけだろうと思う。しかしもう二十年といくらかも生きて、未だに「温もり」のとある一形態について理解が及ばぬ。

 果たして、「付き合う」とはどのようなものなのだろうか。

 あっ、この発言によって私に今まで恋人が居なかったことがバレ…まぁいい。

 いいったらいいのだ、事実は事実だ。私は現実を受け入れることのできる人間だからな。

 とにかく、人はなんで付き合うんだ。恋人関係になるんだ。わからん。

 この「わからん」もまた茫漠としていて、なにがわからんのかもわからん。

 まぁ考えられる可能性としては、ゲイな私は始めっから恋愛を諦めていたため、そういう感覚が理解できなくなったのかもしれない。

 燃えるような恋を経験したことがないから、そういう機微がわからない、のかもしれない。

 でもなぁ、なんだかなあ。

 理論上は分かるのだ。好きになった相手と互いを特別だと認識し、いっしょに過ごす時間を増やすことで仲を深め、人生を支えあう関係となる。

 うむ、素晴らしい、文句は無い。文句があるのは別のところだ。

 なんでそんな「特別な関係」になった相手を、やすやすと裏切るんだYO!

 ネタが、古い…?そうですかすみません。でもこれが私の本音なんです。

 私は「恋愛神話」の裏に隠された、自己愛とか欺瞞とか、そういうのが嫌いだ!そういう自分勝手な感情で相手を使って、飽きたらポイする人間が憎い!

 とあるクソ野郎の話でも書いたが、世の中には心無い人間もいるのだ。 

 そういう人間の話を聞くたびに、「人はどうして恋人を作ったり、欲しがったりするのだろう」と思うのである。

 私もちょいちょい、相手が欲しいだの募集してますだのと書くが、正直そこまで本気では求めていない、と思う。

 好きな人ができたら本気になるのかもしれないが、今のところはそのきざしもない。

 やめろ、ハンカチを差し出すな。この瞳を見ろ、カラッカラだろうが、サバンナのように乾いているだろうが。

 世の中にはカップルがびっくりするほど居るし、その中には確かに互いを思いやり、愛を育んでいる人もいる。そういう人たちを私は何人か知っているし、彼らを尊いと思う。

 しかしその他大勢のカップル軍は、どうにも「幸せな私たち像」を作り上げるのに、一心不乱なように見える。それって一体誰のためなんだ?

 自分のために何かをするのは、いいことだと思う。

 だけどそこに「誰かのため」という覆いを被せたとたんに、自分勝手で傲慢な行為まで許されてしまうのはなぜなんだ。

 「あなたのため」で膨れ上がっている人間は、いつだって醜い。表面が綺麗だからこそ、よりいっそう醜いと思う。

 それなら「自分のため」と公言してはばからない人間のほうが、私はずっと好きだ。もちろん「自分のため」に誰かを踏みつけにしていたら、それはもうダメな行為だと思うけど。

 「あなたのため」が気持ち悪いのは、この言葉を使うと、そこに正義があるかのように見えるからかもしれない。

 彼らは自分に対してわずかな疑いすら持たず、正しさを振りかざす。彼らの盾には、彼らが尽くしている「誰か」がはりつけにされていて、私たちは手を出せない。

 時に私たちは、彼らが向かってくるときに、その盾に自分がはりつけにされているのを目撃する。

 「あなたのために言ってるの」

 「お前のためにやってるんだ」

 「オレはお前のためにと思って…」

 「私はあなたのために尽くしたのよ」

 まったくもってしゃらくさい!

 しかしそれをそう言ってしまえば、彼らは間違いなく激昂するのだ。

 そして彼らはきっと、逆らう私たちを容赦なく切り捨てる。もしくは、盾に縛り付ける強度を増す。

 恋人関係だと特に、こういう現象が起こりやすいと思う。

 互いに相手のためと思っている姿は、どうしても気持ち悪く感じてしまう。

 長々と考えてきたが、私は結局「付き合う理由が分からない」のではなくて、「誰かのためを振りかざす人間が許せない」のかもしれない。

 そしてそれが忌むべきバカップルとしょっちゅう結びついているから、腹に据えかねているのだ。

 我ながら、くだらないもんだ。

 しかしくだらないながらも、私はできるだけ「自分のため」と「誰かのため」をきちんと分けて生きたいと思う。そうしないと、何か大事なものを取りこぼしてしまいそうな気がする。

 でもこれが難しいんだよなあ。だって「誰かのため」と思ってるときって、自分は正しいと信じている時なんだもの。

 自分が正しいのか、間違っているのか。

 何が正しくて、間違っているのか。

 私には、それを白黒はっきり分けることができない。それに「これは変だ」と思っても、結局それをどうすることもできないから、ちょっぴり涙が出たりする。

 だけどどうしても考えるのはやめられない。

 だからいろんな人の言葉に耳を傾けながら、ちょっとずつ考え続けていようと思う。

 冬はまだまだ、これからだ。