夢は最後までみたい

 本日も実にへっぽこな一日であった。

 朝九時に目を覚まして、「早起きしたぞ!」といい気分になって二度寝した。次に起きたのは十二時過ぎだ。

 携帯を開いてみたら、後輩から「起きてますかー?」と連絡がきていた。午前中に用事があったのを、すっかり忘れて寝こけていたのである。

 先輩として恥ずかしい。穴があったら入りたいけど穴がないので布団にもぐりこんだ。

 その後ようやく起きだして、しょんぼりしたまま近所のスーパーに買い物にいったら、お気に入りの弁当が売り切れだ。仕方がないので別の弁当を持ってレジに並ぶ。

 やたらと込んでる上におばあちゃんが会計で手間取っていて、それを眺めながらボーッと待つ。

 ようやく私の順番がきたので、レジのおばさんに弁当を渡して財布をひらく。

 とりあえずお札で……あ、お札ないや。じゃあ小銭で……小銭、小銭……、小銭もない!ていうかお金が全然入ってない!

 なんてこったい。

 意気消沈して、「すみません、お金なかったので戻しておいてください」とおばさんに頼む。

 そしたらなんと、「あらぁ、あなたお金ないの?大変ねぇ。貸してあげようか?」と聞かれた。おばさん、あんたこの町のマリアだよ。

 いくら私が毎日のように買い物にくるとはいえ、そこまでしてくれるなんて。

 借りてしまおうかとも思ったが、さすがにスーパーでよく会うという程度の仲のおばさんにお金を借りるのは気が引けて、丁重にお断りした。

 しかし困った。お昼ごはんがない。

 現実逃避に洗濯機をまわしたが、そんなので空腹をごまかせるはずもない。起きてからなにも口にしてないのだ、私は腹が減ったんだよ!

 一日が開始してまだ二時間程度しか経っていないのに、すでにこの有様だ。いっそ腹が立ってきて、ちくしょーとベッドに倒れこむ。

 うつらうつらしかけていたら、携帯がブルブルと震えだした。

 なんだこの携帯は、なんで震えてるんだ。私の携帯はひょんなことから命を与えられて、ついに勝手に鳴動するようになったのか。

 微妙に寝ぼけてわけわかんないことを考えた後、「携帯がなるのは電話がかかってきているからだ」という当たり前の事実に思い至る。

 慌てて電話に出る。

 「も、もしもし」

 「お、もしもーし。お前もう昼飯くった?」

 「いや、まだだけど」

 「やっぱなー。だろうと思って昼飯持ってきたぞ、開けてくれー」

 遠くからドンドンとドアを叩く音がする。なるほど、すでにうちまで来てるというわけか。

 鍵が開けっ放しなことを伝えたら、すぐさま友人のMが入ってきた。うちの真上に住む同級生だ。

 「いやー、お金もなにもないしちょうど困ってたんだよ。ナイスタイミングだな」と、私は調子よく笑う。

 それを聞いたMに、「なんで金がないんだよ。お前バイトしてるし月末でもないだろ」と呆れて返される。うーん、まったくもってその通りだ。

 お金がなかったのはたまたま銀行にいくのを忘れてたからなんだと伝えながら、さっそくもってきてくれた昼飯を開ける。

 「カレーだ!ていうか手作り?」

 「悪いか」

 「悪くない、むしろいい。いただきます」

 Mは日焼けした体育会系でいかにも粗雑そうだが、自炊もちゃんとしてるのだ。カレーに入ってる野菜がやたらとでかいのは、好みなのか雑だからなのか判別しかねるが。

 野性味あふれるカレーをほお張りながらあらためてMに礼を言うと、「いいから黙って食え」と笑われた。どこから出してきたのかお茶まである。

 お前勝手に冷蔵庫開けた?別にいいんだけどさ。

 あっという間に平らげてごちそうさまでしたと手を合わせたら、「うまかったか?」とちょっと心配そうに聞かれた。

 「そりゃもうバッチリ」と太鼓判を押してやる。カレーがどうやったらまずくなるのか知りたいくらいだ。

 「そうかそうか、じゃあ食後はやっぱり運動だよな」

 「うん。うん?」

 食べたすぐ後に運動したらお腹が痛くなっちゃうんだぞと笑おうとしたら、いきなりMのでかい身体が近づいてくる。

 距離をとりたいが、狭い私の部屋には逃げ場がベッドしかない!仕方ないのでとりあえずベッドにずり上がりながら、「ま、待て、話せばわかる」と、追い詰められた犯人のように手のひらを前に出す。

 するとMはその手をつかんで、そのまま身体をかぶせてきた。

 至近距離にあるMの顔と、漂ってくる洗剤と彼自身の体臭のまざった匂いにクラクラしてきてしまう。私は思わず目を閉じて顔を背けた。

 「恥ずかしがりすぎ、かわいいなぁ」熱っぽい声で言われて、思わず反論しようと目を開いたらMの顔がグングン近づいてきて――……!

 ピピーッ、ピピーッ。

 洗濯機が仕事を終えたことを告げる音で目が覚めた。

 夢かよ……、夢かよ!

 気がついたら私は不貞寝してしまっていたらしい。なんて白昼夢を見てしまったんだ。

 睡眠欲求を満たしながら食い物とイケメンとセッ○スって、どんだけ三大欲求に貪欲なんだろうか。

 冷静に考えてみれば私は上の階に住む人の顔も知らないし、お腹は相変わらず空腹を訴えているのであった。

 仕方がないのでお湯を沸かして、冷凍してあったご飯を解凍して塩といっしょに鍋に投入する。卵を適当にわりいれてポン酢をかけて、簡単おかゆの完成だ。

 いいんだ、最近胃腸の調子おかしいし。おかゆ、健康的。うまいうまい。

 おかゆがなんだかしょっぱい。塩を入れすぎたかなぁ。

 人生のようにしみるおかゆを食べながら、諸行無常をかみしめた。

 とりあえず腹が満たされたので、洗濯物を干してバイトまでまた寝る。

 寝ることでお金が稼げるなら、私はいまごろ億万長者になっている自信がある。睡眠発電とか誰か開発してくれないかな。

 起きたらバイトにはまだ少し早い時間だったが、財布にお金がないままなのを思い出して少し早めに家を出る。

 お金をおろしたついでに通帳記入もして、いつものように残高に驚愕しながら(なんでこんなに少ないんだ!何を買ったっけ?)バイトへ向かう。

 ところが仕事場へついても生徒が一向に来ない。待てど暮らせど来ない。

 仕方がないので本を読みながら待っていたら、教室長から「生徒は休みになりました」との通達を受け取る。

 ぽっかり一時間ほど空いてしまった。これならまだ家で寝ていられたのに(まだ寝ようとしている)。

 ちょうどいいので本屋に行って、この間買えなかったマンガの新刊や気になっていた本を買いあさる。お金を下ろしたとたんに散財して、残高が減らないはずがあろうか。

 ついでに冷たい飲み物を買って、仕事場でそれを飲みながら買ったばかりの本を読む。やっと有意義なことができているぞ、いいぞ私。

 夢中になっているとあっという間に次の授業の時間が来てしまった。名残惜しいが本を置いて、自分のブースへ座る。チャイムと同時に授業開始だ。

 おっと、言っていなかったが私は塾講師のアルバイトをしている。一対二で授業をするタイプの塾で、それぞれの講師にブースが割り当てられているのである。

 さっき読んだばかりの本を脳内で反芻しながら、授業が終わるのを今か今かと待つ。

 と、その瞬間に異変はおきた。

 腹が痛い!

 突然内側を火であぶられるような腹痛に見舞われたのである。

 原因はなんだろうか。いや、問うまでもない。飲みすぎだ。

 なにが有意義だ私のバカ。最近お腹の調子が怪しいんだから冷たいものには気をつけろって、あれだけ後悔したじゃないか。

 しかし「後から悔いる」から、後悔なのである。時すでに遅し、私の腹は決壊寸前だ。腸と肛門が大戦争を始めている。腸は出したい、肛門は出したくない。

 脂汗を流しながら残りの時間を耐える。

 アインシュタインは、「美女と一緒にいる時間はあっという間だが、ストーブの上に手を置いている時間はちっとも過ぎてくれない」と言ったらしいが、私なら「イケメンと一緒にいる時間はあっという間だが、腹痛を抱えたときの残りの授業時間はちっとも過ぎてくれない」と言うだろう。

 渾身の力で肛門をせきとめた甲斐あって、無事に授業を乗り切れましたとさ。いやはや、尾篭な話で恐縮です。

 こうして書いていると、これほんとうに自分の一日だったっけ?と思う。ていうか自分の一日じゃなければいいのにと思う。

 へっぽこすぎていっそ笑えてくる。

 ちなみに「腸と肛門の大戦争」のくだりの文章は、今日買った星野源さんの「そして生活はつづく」という本から拝借しました。

 星野さんのちっぽけな部分の集大成と言うべきか、こういうところまで含めて星野さんのデカさと考えるべきかは難しいが、とにかく面白い本であった。

 分厚い本ではないので、トイレのお供にぜひどうぞ。

 私の毎日はびっくりするほどへっぽこで、「ほんとうにこれでいいのか?」と聞いたら「いやダメだろ」と即答されそうだ。

 でもまぁ私は私だし、ダメなところをダメなまま受け止めて、ちょっとずつよくしていけたらなと思う。

 明日はできれば早起きしよう。