夏の夜外を歩くと虫が顔にぶつかってくる

 朝晩がずいぶん涼しく、過ごしやすくなってきた。冷房をつけなくてもすごせるくらいだ。

 夜風が気持ちいいので調子に乗って窓をあけたまま寝たら、喉の具合がおかしくなった。外から乾燥した空気がはいってくるので、寝ている間にカラカラになってしまうのかもしれない。

 でも窓をしめて寝ると暑いし……、ていうか窓をあけててもカーテンをしめてるから、窓が開いてることを忘れる。そのまま寝ちゃって、次の朝に喉の調子がおかしくなってから窓が開いていることに気づく始末だ。

 いつ泥棒にはいられてもおかしくない。まぁ盗まれて困るものもない。元から空き巣に荒らされたような有様だし、むしろ入る部屋を間違えたと出て行ってくれる可能性がありそうだ。

 世は全てこともなしって、こういうときに使う言葉かしら?

 せっかく涼しいので、暗くなってからたまに近所を徘徊している。フラフラと近所をさまよい、気が済んだらうちに帰るのだ。

 夜の町を歩いていると、昼間とはぜんぜん違う姿にドキリとすることがある。

 外をかけまわっていた子どもたちは眠り、大人も家の中で思い思いの時間を過ごしている。窓の明かりの数だけ生活があって、それが世界中に散らばっている。

 こういうときに、私たちはそれぞれの世界を生きているのだと感じる。誰かと重なり合ってても、それぞれの世界は別だ。

 夜の帳が水なら、家の明かりはその上をプカプカ流されていく灯篭のようなものかもしれない。

 互いに光を投げかけていても、別の流れをたどっている。

 そんなセンチメンタルなことを考えていると、前方になんだか仲睦まじげな二人組みが見えてきた。私は物思いに耽る詩人から狩人へとすぐさま変貌する。匂う、匂うぞ、かぐわしい匂いだ!

 こんな夜更けに二人でお散歩とは、ずいぶん仲のおよろしいことで。グシシ。

 様子を伺ってみるとやはり男子同士であった。お互いに顔を少しだけ相手のほうにむけて、なにやら楽しそうに話している。

 片方は背が低くて、いかにも同級生の女子にかわいいと騒がれていそうな感じだ。髪の毛もちょっぴり長めである。

 もう片方は中くらいの身長で、こちらは年上の先輩にかわいがられていそうな感じだ。素直な男の子という形容がしっくりくる。

 二人ともゆるいパステルカラーの服をきている。涼しい風の吹く夏の夜に、ぴったりの装いだ。

 遠くから眺めることしかできなかったが私たちには想像力がある。

 あれはきっと小さい方(以下T君とする)が中くらいの方(C君)の家に、お泊りをしに行っているのだ。

 「今日泊まりいくわー」

 部活帰りにいきなりそう声をかけられるC君。

 「おう」

 「じゃあ一回帰ってから、行く前にメールいれるな」

 「ほいよ」

 T君がいきなりなのはいつものことなので、C君の受け答えも慣れたものだ。

 遊びに来るときT君はいつも嬉しそうなので、C君もそれにつられてなんとなく嬉しくなってしまう。

 部屋の中をなんとなく片付けて、ちゃんと掃除をしたほうがいいかなぁと眺める。まぁ座るところはあるしよしとしよう。

 この間録画した「ほんとうにあった怖い話」の特番をまだ見てなかったので、せっかくだし今夜見ようかなと考えながら待っていると、Tからメールがきた。

 開いてみると外に出て来いと書いてある。怪訝に思いながら外に出る。

 「よっす」

 「おう。どした?」

 「最近涼しいし、買い物がてら散歩しようぜ」

 そう言ってT君がにっと笑うと、暗闇の中に白い歯がぽっかり浮かび上がった。無邪気な笑顔にワケもなくドキリとするC君。

 T君が歩き始めたので、慌ててその後を追う。秋の気配をはらんだ夜風が部活で汗をかいた体を撫でていく。

 「あれ、そういえばお前風呂は?」

 「んー、貸して」

 「入ってこいよな」

 「いいじゃん別に。あ、せっかくだし一緒に入る?」

 ニヤニヤしながらこっちを振り返ってくるT君に、C君はしかめっ面をしてみせる。

 「夜の散歩ってしてる人案外いるもんだな。あっちにも歩いてる人いる」

 「そうだなー。でもなんか幽霊みたいな足取りじゃね?」

 「アホなこと言うなって!」

 わざと怖い話をふって焦らせてみる。T君は憮然とした表情をしながらズンズン歩いていってしまう。

 「わ、ちょっと待てって!」

 「待たねーよ」

 「じゃあむしろオレが追い抜く」

 「なにっ!」

 いつものようにじゃれ合いながら二人で過ごす夜は心地よくて、こいつとならずっとこんな風にしてたいなと思ってしまうC。

 待ってC君、それは本当に友情?もしかして、かすかな恋の芽生え……!

 というところまで考えていたら、横から曲がってきた自転車のおじさんに轢かれそうになった。

 霧散する私の妄想!閑静な住宅街に響き渡るおじさんの悲鳴!

 台無しだ。彼らのせっかくの夜が、おじさんの手によって台無しにされてしまった。

 気を取り直して、そろそろ帰るかとクルリと反転する。

 私の妄想が真実かどうかは知らない。知らないが、あの仲睦まじさだと確実に風呂くらいはいっしょに入ったことがあるに違いない。

 それで「男同士なのになに隠してんだよ!」と股間のタオルを取り上げられちゃったりして、実は互いの息子とも面識があるのだ。

 お酒を飲んでそのまま二人してベッドで寝落ちちゃったりして、朝目を覚ましたらすぐ隣にある寝顔にドキドキしちゃったりしてるかもしれない。

 「なんだろ、意外と寝顔かわいいな」なんて思っちゃったりして、それから、それからァーッ!!

 夜風は体を冷やしても、私の頭を冷やしてはくれないようだ。おかげでなんだか熱っぽい。

 「みんなそれぞれの世界を生きている」とか言って、一番自分の世界を生きているのは私かもしれない。