階段でもなんでも、踏み外すととてもびっくりする

 先週の初めごろに、ポストに一通の手紙が投函されていました。開いてみると、「一年分の通信料を請求するから振込みよろしく」という文面とともに、請求書がはいっていました。

 家のネット環境を奪われるとなにもできなくなってしまうので、私はいそいそと銀行へ向かい、請求された金額を振込みました。

 さて、残高はいくらになったでしょうか。

 というわけで、自分の現在の預金額も分からずに適当に振り込んだ結果、一週間ギリギリの生活を強いられました。

 どのくらいギリギリだったかと言うと、給料日までの二日間は昼と夜しか食べず、安売りしていたインスタントラーメンで食いつないだ。

 別に嫌いではないが、さすがに食い飽きたので、しばらくインスタントラーメンからは距離を置きたい。

 待ちに待った給料日を向かえ、(イメージだけは)さっそうと自転車にまたがる。目指すは駅向こうの銀行だ。

 私の町は、駅をはさんで東西で別れている。そのせいで、反対側にいくためにはどうしても駅の中を通らなくてはならない。

 おまけに駅は自転車では突っ切れないので、少し遠くの踏み切りを渡るか、自転車をとめて歩くかを選ばされる。めんどくさい。

 この日はバイトがあって革靴を履いていたので、かかとのあたりに靴擦れの気配を感じながら駅の中を歩く。スーツのお兄さんたちは、この靴擦れにどう対応しているのだろう。

 世の中には靴擦れ防止のゴムのようなものがあるらしいが、そこまで革靴で出歩くわけでもないしなぁ。

 無事に銀行についてお金をおろそうと、残高を確認する。すると、明らかに一月分とは思えない金額がはいっていた。

 なんと私は、先月分の給料を引き出すのを忘れて、なにも考えずに貯金だけで生活していたのだ。どうりでこの一月、なんだか余裕がないなぁという感じがしていたわけだ。

 私は預金用の口座と給料が振り込まれる口座をわけているのだが、まさかこんなことになるとは。というか銀行くらい、ちゃんと毎月行けよという話ですね。

 まぁ一月空けたおかげで、二月分の給料が入ったかのような幸せな感覚を得られたので、よしとする。

 財布を満たしてから、さっそく本屋に向かう。大今良時さんが描いている、「聾の形」の新刊を手に入れるためだ。

 これは耳の聞こえない少女と、不器用な少年の物語だ。誰かを思ってるのにうまくいかないって、こんな感じなんだよなぁというのを思い出させてくれる。

 内容自体は重い部分もあるのだが、キュンキュンとときめいたりできるシーンがたくさんあり、すばらしい作品である。

 ついでに文庫本も数冊購入して、いざバイトへ。

 こうして自分の行動を文字にしていると、お金が入った瞬間に浪費していてなんというか……、いや言うのはよそう。

 本は人生のオアシスなのだ、そして人は水がなければ生きていけぬ!

 はやく帰って戦利品を読みたいなー、はやく終わらないかなー。

 ぼーっと授業をしながらそんなことを考えていると、生徒の男の子が舟をこぎ始めた。

 「どうしたの?眠いの?」

 「あ、いや……はい……」

 恥じ入ったようなかぼそい声で、正直になるAくん。

 「昨日寝てないのかい?」

 「2時くらいに寝て、それで6時におきました」

 「えらい夜更かしだねぇ。なにしてたの?」

 思春期の男子に夜なにをしてたのか聞くときに、含みを持たせずにいられるだろうか、いやいられない(反語)。

 心の中でグシシと笑いながら、親身になって話を聞く。

 「うーん、11時くらいまでは勉強してて、それから晩ご飯食べたりお風呂はいったりしてたんです。それで寝ようってなってから終わってない宿題があったの思い出して、やってました。1時過ぎくらいには終わったんですけど、そっからこんどは寝れなくて……」

 うーむむ、話を聞いていると、なんだか気の毒になってきたぞ。

 「ぼくだったら、そんな時間になったら宿題諦めちゃうわ」

 「そうしたいんですけど、成績悪くなると親に部活辞めさせられるんです」

 「あれまあ、大変じゃの」

 うつらうつらしながら、必死で問題を解こうとする目の前の少年に、なんだか切なさを覚えてしまった。

 あまりにも眠そうで授業にならないので、五分だけ眠る時間をあげた。

 勉強は大事だ。確かに大事だ。

 だけどそれ以外にも、大事なことってたくさんあるのではなかろうか。

 マジメにしている男の子が、部活を辞めさせられないために必死で勉強して、夜遅くまで塾で勉強をする。

 家に帰ってからは学校の宿題や予習をして、そのせいで日中眠くてしかられる。もちろん宿題や予習をしなくてもしかられる。

 彼の学校の課題がどの程度のものなのか知らないし、もしかしたらさっさと終わらせられる程度のものなのかもしれない。

 しかし週に3回も塾にきて、そのうち二回は夜7時から10時前まで授業を受けて、なんだか大変そうだなぁと思う。

 この後も授業があるという彼をおいて、私は家路についたのだが、なんだかなぁという気持ちになってしまった。

 

 少なくとも私は、自分の子どもに家でも外でもキリキリ音がするくらい勉強に必死になってほしくはない。

 多少成績が悪くたって、友達と大きな声で笑えるような子なら、十分だ。

 子どもを持つのって大変なんだなと思いながら自転車をこいでいると、目の前の信号が点滅しだした。

 私はあわててペダルを踏み込む。

 「ほぁ!?(ほんとうにこんな声が出た)」

 力をいれすぎて自転車のチェーンがはずれ、右足を思い切り踏み外した。

 おかげでふくらはぎの内側にすり傷をこさえ、足首は捻挫気味だ。間抜けすぎて、赤に変わってしまった信号を見ながらしばし落ち込む。

 子どもの育て方を考えるのは、私にはまだ早い。

 まずは自分のお金の管理とか、体の動かし方とか、そういうところからはじめたほうがよさそうだ。