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最終回を迎えたい

 全身が筋肉痛だ。未だかつてないほどに。首は軋み、胸筋は悲鳴を上げ、ふくらはげに鈍痛が走る。

 昨日、演奏会に出演してきた後遺症だ。

 私は音楽系の部活に所属していて、そこでは年に二回は大きな演奏会を行っている。特に12月に行われる演奏会は盛大で、引退した身である私も出演させてもらったというわけだ。

 と言えば聞こえがいいが、実際は「私も演奏会に出たい出たい出たい!先輩枠があるんでしょ、出させてよ!」とだだをこねた結果である。こんな私をいつでも優しく受け止めてくれる後輩たちには、頭が上がらぬ。

 自分たちで必要なものの手配をし、荷物を運び、企画運営を行う演奏会なので、出演者は裏方とイコールである。それは先輩だって例外ではなく、舞台上のセッティングや荷運びなどの仕事をさせてもらった。

 後輩たちへの愛が迸る私は、八面六臂の活躍で、その結果がこの筋肉痛なのだ。こう考えると、まるで勲章のように思えて……勲章というか、ただ日ごろの運動不足がたたっているだけのような気がする。

 今回で、いよいよ大学生の間に行われる演奏会は全て終わってしまった。感傷もひとしおである。大学生活四年間は、とても長いあっという間であった。いや、まだ終わってないけど。

 特に今年は、このブログにも時々出てきたアイドル君をはじめ後輩たちにも恵まれて、とても楽しい一年だった。これまで過ごしてきた後輩たちとも仲を深めることができたような気がする。

 うっかりホモネタを口走りそうになって焦ったり、誰がかっこいいという話題に食いついて怪しまれたり、ひそかに撮りためたアイドル君フォルダを目撃されそうになって携帯を落としたり……私ほんとうに今年楽しかったのだろうか。なんだか心配になってきたぞ。

 いやいや、もちろん楽しい思い出はたくさんあった!そうめんを食べたり、鍋を食べたり、たこ焼きを食べたり……おい、食べ物の思い出しかないぞ、どういうことだ。

 どうやら私の思い出は、ホモと食べ物で構成されているようです。四年間の総括がこんなんでいいのか、いやいいわけがない(反語)。

 どうにも記憶に偏りがあるので、恐らくまだ偏りも生まれていないであろう、演奏会の打ち上げのことを語ろう。そうしよう。

 これは断じて逃げなどではない、戦略的撤退だ。あれ、撤退って逃げてるな。まぁいいか。

 出されていたひな壇を運び、ひたすらに舞台上のものを片付け、荷運びをして二時間半。私はついに約束の地(打ち上げ会場)にたどり着いた。

 しかしそこで待っていたのは残酷な現実だった。

 「だ、誰も居ない!」

 「あー、そッスねー。来たのは霞先輩たちが最初ッスよ」

 打ち上げ係の女の子(髪の毛が緑になったりピンクになったりでファンキー)が、あっけらかんと言う。

 すでに料理などは机の上に並べられているのに、ほとんど誰もきていない。私は少し送れて会場についたので、他の人たちの大体はすでに来ていると思っていたのだ。

 「え、じゃあこれからどうするの」

 「んー、待っとくしかないんじゃないッスか?一応みんな向かってるらしいんで」

 「そっか……」

 しょんぼりとイスに座ってみんなを待つ。この時点で私は、会場で体力を使い果たし疲労のピークを迎えていた。運動不足には勝てぬ。

 三途の川に半分沈んだような顔で、イスの上に溶けかかる私。そんな私を見て一年生が、「いつもの霞先輩じゃない」とちょっと引いた顔で言う。

 後輩たちの手前、疲れた顔はすまいと決めていたのだが、私にだって疲れている時くらいあるのだ。なに、酒が入れば元気になる。しばし待たれよ。

 そんな感じで待つこと数十分。じわじわとそろい始めた段階で、部長がマイクを持った。

 「すみません!まだそろってないのですが、時間がないので乾杯をしようと思います!」

 始めちゃうのかよ!思わず私もまどろみから一気に覚醒した。時間がおしているから仕方ない。

 意気揚々と酒を持ち、乾杯と同時に目の前の料理へ箸を伸ばす。演奏会が終わった感傷は、会場に置き忘れてきてしまったようだ。

 例年なら一次会で部長挨拶や感動的なあれやそれが行われるのだが、時間があまりにも押していたため乾杯して飲み食いするだけで終わってしまった。おのれ打ち上げ係、あまり俺を怒らせない方がいい。

 そんなことを言いつつ、食べたい分はちゃっかり食べたし、なんやかんやで酒も飲んだ。

 わーわーと騒いでいる間に時間が来てしまい、二次会の会場へぞろぞろと移動する部員たち。

 私は先輩ということもあって、みんなが出たのを見てから次へ向かおうと店の入り口付近で待機していた。お酒が入って気持ちよくなり、ぼんやりと突っ立っていた私を、背後から突然衝撃が襲った。

 「霞くんだー!」

 「ぐふぇ!に、にしこ先輩!?どうしてこんなところに!?」

 「演奏会に遊びにきたついでに、同期で飲み会してたんだよー」

 振り返ると、そこには懐かしい先輩たちが。おお、東京のほうに就職した兵長先輩までいる……!

 私は長く部活動をしてきて自分なりに先輩らしくなってきたと思っていたのだが、先輩たちにとって、私は後輩のまま変わっていないのであった。この時私は、すっかり忘れていた自分のルーツを見つけたような気がして、嬉しくなった。

 自分が部活でいろいろを頑張ってきたのは、先輩たちがすごく好きで、一緒にいろんなことがしたいと思っていたからなのだ。先輩たちもいろんなところで優しくしてくれて、それが嬉しかったのだ。

 昨晩私は、「霞くんが四年生で演奏会出てるのみれて、今こうやって変わらずに私たちのことを歓迎してくれて、この部活でほんとうによかったよ」と言われた。返す言葉もなくて、ひたすら私のほうこそと繰り返していた。

 ただ、サラリーマンの「どうもどうも」「なんのなんの」の応酬のようになってしまったのは、非常に遺憾の意である。こういうときのために、スマートな切り替えしを考えておきたいものだ。

 二次会の会場にたどり着いた私たちは改めて乾杯をして、再び大いに飲み、食べ、騒いだ。つまりいつもどおりだ。

 これで引退することになる三年生たちは、お互いにプレゼントや手紙を送りあっては泣いていた。自分も去年しこたま泣いたなぁと思い出すと微笑ましくて、お疲れ様と言ってまわった。

 そしてもちろん忘れてはならぬ、アイドル君のもとへ。君には今年一年間、ほんとうにお世話になりました。ゲシシ。

 もちろんアイドル君だけではなく、他の一年生たちにも挨拶をしてきた。四年生は一年生とほとんど面識がないまま終わるのが通例なのだが、私はものすごくお世話になってしまった。飲み会に呼びつけ、酒を飲みながら恋愛の話を聞きだし、無茶振りをしてきた。あれ、私の最後の一年、これでよかったんだっけ。

 一通り挨拶をし終わった後、そのままアイドル君の隣へ居ついてしまった。そのあたりにはよくお喋りをしていた子達が集まっていて、居心地がよかったのだ。

 とりあえず写真をとろうともってきたデジカメを渡し、写真をたくさんとってもらった。お酒がはいっていて抑えが効かず、一年生たちの肩を思い切り抱き寄せて写真をとる。気分はお殿様である。それでいいのか私!

 一年間終わったということでいろんな人に感想を聞くと、いろんな答えが返ってきた。その中でも私が嬉しかった言葉を一つ。

 「この部活に入れて、ほんとによかったです。一年間とっても楽しかった!来年も楽しみです!」

 先輩としては、この言葉がほんとうに嬉しい。楽しくやると、真面目にやるというのは両立が難しい。特にメンバーが増えてしまうと大変で、楽しいだけでまとまりがなかったり、苦しいばかりで面白くなかったりと、偏ってしまう。

 なんとかバランスをとれないかと悩みながら続けてきたので、クオリティを維持しつつ楽しくできたという証拠のコメントに思えるのだ。よかったなぁと思える言葉である。

 それからアイドル君に、「先輩ほんとに卒業しちゃうんですか」と言われたのも胸をついた。き、君はもはやアイドルじゃない、俺の天使だ……。こっちからも質問したいんですが、私ほんとに卒業できるんですかね。

 というわけで、私の中で彼の位がアイドルから天使に変わりました。ハレルヤ。

 思わず「卒業したくないよー」と泣きついたら、彼は優しく受け止めてくれました。あったかいしいい匂いするし、少しだけ泣いてしまったことだよ。

 打ち上げが終わって、午前三時ごろ。しんと冷えた人っ子一人いない道を走りながら、色んなことが胸に溢れてきた。

 私がこの四年ほどで知ったのは、友情とか愛とかって実はすごくゆるーいものなんじゃないかということだ。マンガや小説の中では、熱く確固たるものとして書かれがちだけれど、ゆるくたって構わない。

 困ったときにはなんとなく励まして、できることが無くても傍にいる。楽しいことがしたという時には適当に誘い合って、気がついたら全員そろっている。 

 それで、「なんかいっつもみんないるよねー」なんて笑いながら、出汁が減ってドロドロになった鍋をつつくのだ。外がどんなに寒くても、私たちの居る部屋はいつだって、鍋の湯気と人の温もりで居心地がいい。

 

 私は後輩たち、特に先ほど天使になったアイドル君を愛しているわけだが、それだってゆるゆるだ。出来ることがあればしたし飲んで騒いでかわいがったが、無理に干渉するようなことはしない。

 ただ、もしも彼らが困ればきっと私は行ってしまうし、できることが無くとも傍に居るだろう。

 世の中は思っているほど劇的ではなくて、なんでもない日常といくつかの非日常の連続で、愛や友情は緩やかだ。

 それでも、それぞれが確かにそこにあると、私には感じられる。日々に手ごたえがある。

 そういうことに気づいて、私はずいぶんと穏やかになった。悲しかったり腹がたったりしても、朝にはケロリとしていたりする。身をすり減らすような激情をまとうことが、少なくなった。

 非日常だった昨日の夜、私はそんなことを思った。

 ひとつの節目を迎えたわけだが、これからも私の人生は緩やかに続く。

 と、きれいにまとめたいところだが、私は卒業できるのだろうか。そして卒業できたとして、社会に出ることができるのだろうか。

 もういっそ昨日が最終回でよかった!

 人生は続くったら続くようである。