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例えるならば伸びきったゴムのような

 さいきんまったくやるきがない。やるきがなさすぎて、ぜんぶひらがなだ。いまのわたしは、ひらがなよりもゆるいせいかつをおくっている。

 読みにくいのでちょっとばかしやる気をだそう。なぁに、スペースキーをポンとおすだけじゃ。

 冒頭で書いた通りだが、私はだるんだるんの毎日を過ごしている。卒論しなきゃ……就活も……言うだけならタダである。

 では、しなければならないことのかわりに何をしているのかというと、特に何もしていない。強いて言うなら妄想をしている。

 「宝くじで三億あたったら一億くらい寄付するからあたらないかなー」

 「でもそういうお金は身につかないというし、もうちょっと堅実に生きるべきかなー」

 「しかし就活うまくいかないしなぁ。もういっそ家庭に入りたい」

 「家事をするから養ってほしい」

 こんな具合である。もちろんどんな家庭にしたいかも、妄想ずみである。

 ガチャリと玄関からドアの開く音がする。

 「おかえりー」

 「ただいま」

 疲れた声で帰ってきたことを告げると、カバンをソファにほうってどさりと座り込む。外で働くというのはなかなか大変なことのようで、いつもこんな調子だ。

 家でお気楽に過ごさせてもらっている身としては、頭があがらない。

 「今日もお疲れじゃの。晩御飯食べる?」

 「……ぐごー」

 「おい、寝るな」

 「うー……疲れたんだよう、腹もへった」

 駄々っ子のような言葉に思わず笑いながら、作ってあった夕飯を食卓に並べる。食べ物の匂いには抗えないようで、彼はソファからフラフラと食卓に歩いてくる。

 さすがに食べ物を目の前にしたら眠気も吹っ飛んだようで、ガツガツと料理を平らげている。おいしそうにご飯を食べてくれるのが嬉しくて、つい作りすぎてしまうのだが、作りすぎた分まできっちり食べてしまうので体重が心配だ。

 肉がつきすぎていないかほっぺたをつまんでみると、「やめろよ、食えないだろー」と笑うのがかわいい。

 ご飯を食べ終わった後、そのままソファーに行こうとするのをなんとか押しとどめて風呂に入らせる。その間に夕飯の後片付けだ。

 風呂場から聞こえる鼻歌につられて自分も歌いながら、洗い物をする。ほとんどの皿を洗い終えて、あとはフライパンだけというところで、いきなり後ろからドンと押された。

びっくりして振り返ると、鳥の行水もかくやというようなスピードで風呂をすませてきた彼が、タオルを腰にまいただけの姿で立っている。

 「なにやってんの」

 「いや別に」

 「さっさと服着ないとこうだぞ?」

 脅すように言ってから冷水で濡れた手を脇腹に押し当てると、身をよじるようにして逃げながら笑う。学生時代に運動をしていた名残か、体はいまだに引き締まっていて、身をよじるたびになめらかな起伏が上下する。

 なんとなく意識してしまって恥ずかしくなり、「ほら、さっさと服きてこいよ」と言ってから洗い物に戻る。さっさと終わらせて私も風呂に入らなくては。

 洗い物をすませて、ついでに明日の朝の分のお米を研いで炊飯器の予約をしてから、ゆっくりとお風呂につかる。寒くなってきたから湯船にためたお湯も、つからない奴がいるせいで少しもったいない。

 もとをとるために、明日は残り湯で洗濯をしようと決めてから、ゆっくりと半身浴を楽しんだ。普段運動をしない分、こういう時に汗をかいておかないとなんだか不健康な気がするから、ことさら時間をかけてお湯につかる。

 風呂をあがってリビングに戻ると、結局ソファで彼が寝ていた。

 「はぁ、まったく……明日の朝になって後悔するのは、お前の方なんだからな……」

 思わずため息をつきながら、隣にドサリとこしかけると、その振動が伝わったのか少しうめくような声を漏らしながら、かすかに目を開けた。

 微妙に扇情的な姿に思わず目を逸らしてしまう。

 「起きたならベッドで寝ろよ。明日の朝になって体痛いだのなんだの言っても知らないからな」

 「うーん……つれてって……」

 そう言いながら絡みつくように腰元にだきついてきて、太ももの上に頭をのせる。無防備な寝顔とくしゃくしゃの髪の毛がかわいくて、思わず頭を撫でてしまう。

 「やべー、そんなんされたらマジで寝る……」

 「起きろ」

 撫でていた手を拳の形にかえて、側頭部に振り下ろした。つい甘やかしてしまう自分を反省だ。

 「ほら、ベッド行くぞ」

 「はい……」

 甘え過ぎたかと、さすがに反省したらしい。ホントは一日中だって甘やかしていたいけど、そういうわけにもいかないから我慢してるっていうのは、ここだけの秘密だ。

 薄闇の中に浮かぶ、隣のベッドで軽くいびきをかいて眠る彼の寝顔を眺める。明日の朝ごはんを何にしようか考えながら、柔らかい暗闇の中へ私も落ちていく。

 こんな生活が!したいです!安西先生

 でも安西先生は私の妄想を最後まで聞いてくれても、「諦めたらそこで試合終了ですよ」とは言ってくれない気がする。

 むしろ「それは早く諦めて別のことを頑張りなさい」と叱られそうな気がする。

 ここまで完璧に想像できているのだから、実際にこういう生活がやってきた時に台本通りにこなす自信はある。完璧だ。

 舞台だって高望みはしない。多少せまくても、不便な場所にあっても、そこは努力でカバーできるだろう。

 もしたった一つこの想像に問題があるというなら、相手がいないということだ。

 なんというか、「相手がいない」って決定的すぎて何も言えなくなる言葉だな……自分で言っておいてなんだが、私は今傷ついたぞ……。

 こんなに傷だらけになりながら生きているんだから、「大丈夫かい?」と声をかけてくれる男性が現れてもよさそうなものだ。だけどあまり傷口をアピールするのはよろしくないので、健気でひたむきな人間を演じるとしよう。

 演じるとか言ってる時点で、ダメダメすぎることに気付いた。もうダメだ、私にこの妄想を具現化する力はない。

 いやそもそも、こんな生活を送っている人間がこの世にいるのだろうか?いや、いるはずがない(反語)。

 もし居るとしても、初期のラブラブっぷりがマンネリ化することによって、どうせすぐに別れることになるんだぜ、へっ。それで最初のころにこーんな生活を送っていたことを思いだして、「うっわ、俺あいつとあんな暮らししちゃって……マジありえねぇ」なんて思い出になるに違いない。

 自分の妄想を否定しても幸せになれないことに気付いたので、やめます。

 実際、幸せな生活というのはどんなものなのだろうか。もちろん人の数だけあっていいと思うのだが、「誰かに幸せであることを見せつけたい生活」との違いは難しいと思う。

 テレビではよく「愛され肌」「モテる髪型」などがもてはやされているが、人に評価されることが前提になっている感じがして、なんだか切なくなる。みんな誰かに認められたいと思っている。私もだ。

 幸せとは、明確な形がなくあやふやで、だけど確かに心に残るようなものだと思う。この言葉こそあやふやだけれど。

 誰かの視線なんて気にせずに自分のことを幸せだと思うことができたら、きっとその人は幸せなのだろう。

 私はいまだに、「あの人は幸せな人だ」と思われたいと考えている自分が心の中にいるのを知っている。そんな自分がいる限り、誰かに自信をもって自分を差し出したりはできないなぁと思う。

 人の目なぞ気にせず「これが私の幸せだ」と言えるものを、はやく見つけたいものである。

 うーん、妄想してる時間かな!