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ヒゲと大人と子供時代

 もうお盆であるし、特にでかける用事もなかったので、ここ数日でヒゲを伸ばしてみた。

 人からよく童顔だと言われるので、「もしかしてヒゲを伸ばせば、マンガでよく見る『ヒゲ面だけど童顔でカワイイ』というアレを実現できるのでは!?」と考えてのことである。我ながらアホなことこの上ない。

 ヒゲといえば私は子どものころ、父親のヒゲでジョリジョリとされた経験がある。

「おヒゲジョリジョリこうげき~」と言いながら父が頬ずりをよくしてきた。子ども心に「うわなんだこれは勘弁してくれ」と思っていたことを覚えている。嫌な子どもである。

 今考えてみると、大の大人が「おヒゲジョリジョリこうげき」などと抜かしてしまうのは、子ども相手だったからなのだろう。恥ずかしいことこの上ない。

 父もまさか、我が子がこんなところで自分の黒歴史を晒しているとは思うまい。そう考えると、なんだかちょっぴり申し訳ない。父よ、あなたの黒歴史は立派にネタになっています。なむなむ。

 なにもうちの父に限った話しではなく、人はみな子どもを相手にする時は少しばかり恥ずかしい言動をしていると思うのだ。

 よく漫画などで、クールな同級生が子どもに対して「どうしたの、ぼく?そっかぁ~、おかあさんとはぐれちゃったのか」なんて言ってるシーンを見られて顔を真っ赤にするというのがあるが、あんなの私だってよくある。

 しかし子ども相手に、大人に対するのと同じように話しかけるのもいかがなものか。

 ていうか怖い。それは間違いなく怖い。子ども時代のぼくがされたら、ひょっとしたら泣きだしていたかもしれない。

 それで困ったその人に、「どうしましたか、どこか痛い所でもおありですか?」なんて聞かれて、戸惑って固まっちゃうに違いない。うむむ、戸惑って固まっている子どもはかわいいのだがな。

 そういえば私が子どものころ、親に何も言わずに自分の三輪車にのって、勝手に近所のスーパーまで行ったことがあるらしい。近所のスーパーといっても、横断歩道や大きな河を渡っていかなければいけないので、そこそこの距離である。

 そんなところまで、4歳くらいの子どもが一人で行く危険を御分かりいただけるだろうか。事故にも遭わずにたどり着けたのがすでに奇跡である。

 もちろん子どもが一人でフラフラしていれば、親とはぐれてしまったのかと心配してくれる人が現れる。

 そんな親切な人が、当時のアグレッシブな私を警察までつれていってくれたそうだ。ちなみに警察まで連行されたのは、あとにも先にもこれだけである。

 私は迷子として警察までつれていかれたので、当然のように質問を受ける。「おとうさんは?おかあさんは?」

 そこで私はこう答えたそうだ。

 「ふぁざー。えんど、まざー」

 どうだろう、この語学力。若干四歳児にして、すでにお父さんもお母さんも英語で言えていたのだ。

 父と母が「これからの時代、英語力が大事よね!」と謎の先見性を発揮して、英語を教えてくれていたらしい。常日頃の訓練の賜物で、そのころの私には「おとうさんは?おかあさんは?」と聞かれたら、英語で答えるくせがついていたのだ。

 残念ながらその教育は活かされず、今の私は英語など対して話せもしないわけだが…。

 というわけで、私はどこの誰かも分からないまま警察に保護された。その後、両親が私が居ないことに気付いて迎えに来るまで、警察の人と仲良く英会話をしていたそうだ。

 今の私は神経が細くなって、ちょっとしたことでやれ腹が痛いだの気分が悪いだの騒ぐくせに、当時の私はやたらと図太い。どこでその図太さを失ってしまったのか、非常に残念である。

 偏見かもしれないが、警察官のようなしっかりした大人でも、子どもに対しては幼い言葉遣いをする。それはきっと、相手と目線を合わせようと言う思いやりからくるものに違いない。

 ちなみに、私は子供に対しての接し方がいまだによくわからない。敬語は変だし、かといってフレンドリーすぎる大人もうっとうしいかもしれないと、敬遠してしまう。コミュニケーション能力を磨く必要がある。

 しかし子どもに対してのコミュニケーション能力を磨きすぎても、危ない気がする。なにしろ私は年下の男子が大好物なのだ。かわいがりすぎて怪しまれては危険なのだ。

 ここまで書いて、なんの話をしていたのか分からなくなり上まで戻ってみたのだが、どうやらヒゲを伸ばしている話をしていたようだ。

 結果として残念ながら、ヒゲは私に似合うオプションではなかったらしく、単に「あなた何日かお風呂にはいっていないの?」というような小汚い風貌になってしまった。

 ヒゲの似合うダンディな大人には、私はなれそうにないようだ。

 未来の私!頑張れ!