年下の男の子

 あと少しで手がのびそうになるが、それを我慢する。歯がゆい。その歯がゆさがたまらぬ。おもわず持ち上がる腕を、意志の力でおさえつけた。まるで叶わぬ恋心をおさえこむ、下町の乙女のようではないか。

 胸のうちで猛り狂う思いは次第に勢いをまし、意志の力にも限界を感じ始めた。そしてそんな時、悪魔が耳元で囁き始める。

 「触れてもよいのではないか?お前さんにやましい気持ちがあるわけじゃなかろう。それにお前さんが気にするほど、向こうは触れられることを気にしてはおらんのではないか?」

 むむう、この悪魔め。まるで戦国時代の武将のような語り方をしよる。下町の乙女に甘い言葉を囁く武将とは、いかにもな悪役だ。暗転ののちは、間違いなくめくるめく夜の世界へ突入することであろう。

 おのれ悪魔、貴様の甘言になどのらぬぞ。あぁ、しかしだめだ。もう我慢ができない…!!

 このような心の内での激しい戦いの末に、私がついに触れることができたものとは、年下の男の子の頭部である。そう、私は男子の頭をなでなですることに成功したのだ(誇らしげ)。

 あっ、違う、違います、決してやましい意味ではございません。

 ただちょっと勉強を教えていて、うまく解けたから褒めてあげただけなんです。それからぜんぜん手が進んでない時に、「がんばれがんばれ!」と応援しながら、頭を撫でてあげただけなんです。

 少年の髪の毛というのは、この世にある物質の中でも、一二を争うほどすばらしい物質だと思う。そのすばらしさたるや、あの物質によって全身をガチガチに縛り付けられたいと感じるほどだ。

 私ときたら少年の髪の毛に触れるだけで動悸が激しくなり、顔を埋めようものなら、香りと感触で鼻血をドバドバ流しながら昇天する自信がある。

 今日ふれた少年の髪の毛は、たいへん手に優しい感触でござんした。手をしなやかに優しく受け止め、さわさわと触れる先端は、まるで草原を吹き渡る風のよう。

 つややかな表面は私の汗ばんだ手の湿気などものともせず、凛として柔らかである。

 思わず「我が人生に一片の悔いなし!!」と叫び声を上げながら、ぶっ倒れてしまうところであった。さきほど、むせび泣きながら人間に頭髪を与えた神に感謝を捧げてきた。

 なんというか、私は年下の男の子という存在に弱い。

 年上や先輩としてきちんと節度をもって、それらしい威厳のある態度で接したいと思うのだが、いかんせん弱い。気が付けばデレデレと、緩みきった頬で接してしまう。

 たとえば年下の男子が何かで失敗した時に、「うへ、やっちゃいました」なんて言いつつ、照れ笑いの表情でこちらに視線を向けてきたとしよう。私はその時点で、間違いなくその少年を許してしまうに違いない。むしろ自ら進んでその尻拭いをし(少年の尻拭いとは、なんと素晴らしい響きであろう)、次からはどうすればいいか懇切丁寧に教えるだろう。

 約束していた時間をすぎても、求められれば何時間でも応じるし、なんなら飲み物をおごってあげることもやぶさかではない。

 それで「先輩、ありがとーございます!」なんて満面の笑顔で言われようものなら、肋骨にヒビが入らんばかりの勢いで、心臓をときめかせるのだ。

 実際、私はかわいい後輩男子にはものすごく甘いと思う。なんでもないときに隣に座られただけで、ドキドキして飲み物も喉を通らなくなってしまうような様なのである。

 乙女といわれても構わぬ。私の尊敬する三浦しをん先生も、著書の中で「乙女チックって、もしかしてかなりの割合で男性が発明した心情なのではないのかしらん」とおっしゃっているのだ。

 年下男子の魅力について、本日は「頭を撫でる」という観点からお伝えいたした。

 というより、私がいかに少年に弱いかについて、露呈しただけのような気がする…。もしもそこにつけ込む少年が現れたらどうしよう!とてもかなわないわ!

 こうして自分の弱みをチラチラと見せつつ、そこにつけ込もうと少年が近づいてくるのを待つとは、私もなかなかの策士である。

 ふふふ、これで私が少年とよい仲になる日も近いな。