落ちる私を受け止めて

待ち合わせ時刻に遅れたので、「ごめーん、まったぁ?」と初デートに遅れてしまった彼女のように登場してみたところ、松本くん(イケメンに定評がある)に冷めきった視線を投げかけられた。やだ、ドキドキしちゃう…。

先日、おいしいお店を新規開拓し心ゆくまで語らおうという趣旨のもと、友人である松本くんと自転車旅行にでかけてきた。温かいというより、もはや暑い日差しを受けて、初夏の気配を全身に感じてきた次第である。

私の住む町には大きな河があるのだが、松本くんが言うには、その河べりにオシャンティーなカフェがあるらしい。というわけで、集合場所から自転車を漕いで、河べりまで向かう。

しかし、暑い。五月末というのは、こんなにも日差しが肌を焼くようだっただろうか。

「あっちぃなー」と思わずボヤく。何を隠そう、私は夏が大の苦手である。ちなみに、一年で一番好きな季節は冬だ。

そんな私に、「いいじゃん!」と笑顔で返してくる彼。笑顔が夏の空より眩しいぜ。

そんな感じでおしゃべりしている間に、目的であったカフェにたどり着く。店の前で立ち尽くす私たち。

「…閉まってるね」

「…そーじゃな」

なんとその店は定休日であったらしい。しょんぼりと行き先を考える。

「うーん、どうする?パスタとかどうよ」

「パスタかー。店どこにあるかな」

「僕んちの近所と街中の方に、二つあるかな。どっちにしよう」

「霞にまかせる!」

一任されてしまったので、せっかく出かけてきたのだしと街中のイタリアンの店へ行くことにした。私も以前から入ってみたいと思っていたが、なかなか機会が無くて行けずにいた店だ。

自転車旅行を続行し、第二の目的地へとたどり着く私たち。ディスプレイの近くに貼ってあったオランダの写真に興奮しながら、店内へ入る。

「いらっしゃいませー」と声をかけてきた店員さんがアニメ声(ハイジ系)で、思わず話をふろうと思うが、伝わらない可能性があるので断念。松本くんにオタク趣味はないのだ。なんせイケメンだからな。

メニューを眺めてから店員さんを呼ぶと、出迎えてくれたアニメ声の店員さんが来てくれた。私は「おろしツナパスタ」を、松本くんは「明太マヨパスタ」を注文する。

ちなみにこの店員さん、素晴らしい笑顔とアニメ声である。お年のころは40代ほどであろうか。若々しさと愛想のよさを失わないおばさまに、思わず笑顔になってしまう。

近所のコンビニのかっこいい店員さんは、愛想が悪いのがたまにキズなのよね、この人を見習ってほしいわ。でもイケメンに笑顔で「ありがとうございます!」なんて言われて、お釣りを受け取る時に手に触れられたりしたら、震えて小銭をぶちまけるかもしれない。ああ、あのお兄さんは私のことを助けてくれていたのか…。

出てきたパスタを平らげて(おいしかったのでまたこよう)、ダラダラと会話を交わす。小さなお店ではあったが、その分せかせかとした所が無く、食後もゆっくりとできるのがとてもよい。

喋ってる中で「河べりを歩こう」という話が出たので、店を出てフラフラと河べりへ。

実は私は以前から、そこにある貸しボート屋が気になっていたのだ。

「ボートのろうぜ」ともちかけると、松本くんが快くオーケーを出してくれたので、河べりにおりていく。

遠くから見ていると分からなかったが、貸しボート屋自体が水に浮かんでいるらしく、ギシギシと抗議の音を立てる板をおっかなびっくり渡る。なんだよ、私はそんなに重くないだろ。

貸しボート屋のおっちゃんはタンクトップにハーパンといういでたちで、顎髭の生えたイカす男であった。そうそう、こういうお店のおっちゃんはこうでなくては。イメージ戦略をわきまえている店長に、ビシィッと親指を立てたくなる。しかし店長はどうやらそのおっちゃんだったようなので、「さすが、わかってますね」と言ってみた。怪訝な顔をされてしまって、秒速で後悔した。

と、ここで松本くんが不意に、「なんか、ボートってデートみたいじゃね」と口走る。この男何を言いやがる。

「彼女いんの?」と聞いてくるおっちゃん。微妙な表情になる私。

「俺は彼女いますよー」と笑顔で答える松本くん。イケメン、彼女もち、あっけらかんとした気質。ぐおお、敵うところが見当たらぬ。

よく「顔がいいけど性格が悪い人と、性格はいいけど顔が悪い人、どっちがいい?」なんて質問があるが、世の中には顔も性格もいい人間が居る。彼はそれを、自らの存在で証明しているような男なのだ。私が、男同士の恋愛にときめいてしまうことを知っても態度を変えるようなことはせず、高校からの付き合いは四年目に突入している。

おっちゃんがボートの準備をしてくれ、向かい合ってボートに座る。なんだこれ、微妙に恥ずかしいぞ。

「向こうの方ならでっかい橋のとこまで行けるから、試しに行ってみたら?」というおっちゃんの助言にしたがい、まずは私からオールをあやつる。

実は私はカッター漕ぎなど、オールをあやつるのはそこそこ得意である。あくまでもそこそこで、「わぁ!まっすぐ進んだね!すごい!」というレベルであるが…壊滅的に運動が苦手な私だが、神様は少しだけお恵みを与えてくださったらしい。こんなところで恵まれてもと思うが、ひれ伏して感謝しておくことにする。ありがとうごぜぇますだ、神様!

しかし水面に浮かぶボートの上と言うのは、確かにデートにはもってこいの空間である。昔の映画や漫画でよく、カップルがボートに乗って盛り上がるというのがあるが、あれもあながち間違いではない。周囲の空間に何もないというのは、二人きりの世界に没頭するのにかなり都合がいいのだ。

水面を吹き抜ける風は水の匂いをはらみ、照りつける太陽の熱さを半減させてくれる。街の喧騒も遠ざかり、オールが水の中へ出たり入ったりするたびに、チャプンチャプンという音が響く。

そして、突然揺れるボート。

「おいぃ!?」と、びっくり仰天する私。こともあろうにこの男、いきなり舟を揺らしおった。

「あ、ごめん」

目の前の顔が悪びれずに笑うのを見て、焦ってしまった自分が少し恥ずかしくなる。しかし転覆したらどうしてくれる。

くそう、ここが私の妄想の世界ならよかったのに…。

以下妄想。

「うわっ!?」

腰を上げたタイミングで、ボートを揺らされて驚く。バランスを崩して、目の前に座っている後藤さんの胸元に倒れ込んでしまった。若草のような爽やかな香りと、思っていたよりも逞しい腕が、僕を包み込んで支えてくれる。

「い、いきなり何するんですか後藤さん!びっくりしたじゃないですか!」と、後藤さんに抱きしめられたような体勢のままで、思わず抗議した。落ちてしまうのかとひやりとして、心臓が肋骨を突き破らんばかりに驚いたのだ。

「霞くんは慌てんぼでかわええな~」と、僕の怒りにもどこ吹く風の後藤さん。至近距離にある、青空に映える笑顔がかっこよくて、照れくささのあまり顔を背けてしまう。怒りたいのに怒れない。

この人はいつもそうだった。僕に悪戯をしかけて、焦ったり慌てたりするのを見ては「かわええなあ」と笑いかけてくるのだ。その度に僕は、なんだかんだでこの人を許してしまう。

照れ隠しに、「まったくもう、子どもなんですから」なんて言いながら、倒れ込んでしまった胸元から身を離す。小言の一つでも言わないとおさまらない僕の方が、子どもっぽいよなぁと思うが、なんだかペースを乱されてしまうのだ。

「いやー、霞くんはええ反応してくれるから」と、呑気な声で言われる。この人は悪戯をしてくるけど、全部僕のことを憎からず思ってくれてるからなのかな、なんて思うと、少しだけ心が揺れる。自惚れすぎかな。

そんなことを考えながら、もと居た場所に戻ろうとしたら、自分が舟の上に居るのを忘れていて、立ち上がった瞬間バランスを崩して体がグラリと傾く。

「あっ…」

内臓を持ち上げられるような浮遊感が体を襲う。視界が傾き、水面が急に近くなる。水の冷たさが頭をよぎり、ぎゅっと目をとじてしまう。このまま舟をひっくり返しちゃったら、後藤さんまで落っこちちゃうなと、脳の冷静な部分が考えている。

刹那の後、手首を掴みとめる何かを感じると同時に、僕は再び若草の香りと、逞しい腕の中に居た。

「あっぶな!アホか!!」と目の前の後藤さんが叫んで、身を縮めてしまう。初めて見る、驚きに余裕を無くした顔。そんな顔をさせてしまったことが、申し訳なくてたまらなくなる。

「ご、ごめんなさ、い…」

自分の顔が最高に情けないことになっているのを感じながらも、へなへなと眉尻が垂れてしまうのをおさえられない。ヤバい、泣きそうだ。

そんな僕を黙って抱きしめてくれる後藤さん。最初に倒れ込んだ時よりも、強く。

「俺、いまマジでびびったからな。霞はほんまに目ぇ離せんなぁ」

優しげな声が、上から降ってくる。ポンポンと背中を叩かれて、おそるおそる顔をあげる。

ちゅっ。

いきなり額にキスをされた。

「なっ、なっ、なっ…!!」目を見開いたまま、固まってしまう。

「いや、あんまり情けない顔するもんやから、かわえくてしゃーなくてな」と、少しだけ照れくさそうに言う後藤さん。

それからもう一回、これで最後という風に、ぎゅっと抱きしめられた。

ふぅ…(いい笑顔で汗をぬぐいながら)。

えっ、後藤さんが誰かって?後藤さんといえば、ジャルジャル後藤淳平さんに決まってるじゃないですかァ!!

笑った時に大きく横に広がる口、ひょうきんな顔。ああたまらない…。

私は彼が金髪になってしまったことが、残念で仕方ない。日本人は断然黒髪の方が似合う。西洋の人たちに金髪が似合うのは、彼らの顔の作りや肌の白さゆえだと思う。

というより、日本人の金髪には、どことなくヤンキー臭が漂うのだ。偏見なのはわかっているのだが、こればっかりはしょうがない。

というわけで後藤さん、是非黒髪のころのあなたに戻ってください。もちろん今でも好きですけど。

あと、文中のエセ関西弁は、どうぞお許しください。

え?松本くんとのお出かけの続きはどうしたのかって?

その後無事にボートから降りることができ(松本くんはボートを漕ぐのがへたくそだった。しかしさすがに30分も漕げば慣れたらしく、その後は快適に乗れました)、河べりで三時間ほどおしゃべりをしました。

なんていうか、ランチ→二人でボート→河を眺めながらおしゃべりって、完全にデートよね。男二人でデート。

この単語だけならすごく萌えるのに、登場人物がどうあがいても恋愛に発展しない二人だなんて間違ってる。

神様!いたいけな男子学生二人組のデートを私に尾行させてください!

いや、こんなことを祈る暇があるなら、自分の恋を探すべきか。胸に空いた穴を、寒風が吹きぬけていくのを感じるぜ…夏は幻だったのか…。

あぁ、平日の昼間っからボートに乗るなんて、こんな優雅ができるのも大学生の間だけかしら。

でも次乗る時は、恋人とがいいなぁ(遠い目)。

あ、でも別に恋人じゃなくていいから、後藤さんと乗れたらもっと嬉しいです。それともここまで読んでくれたあなた、一緒に乗りませんか?

あ、はい、ちょっと調子こきました、すいません…。