お悩み相談室と役に立たない妄想力

私は塾講師のアルバイトをしている。子どもたちの可能性を伸ばすという、崇高なる理念のもとに、男子中高生と仲を深める毎日だ。あっ、もちろん手を出したりはしていません、良識の範囲内で、お付き合いをさせていただいております。グヘヘヘヘ。

人前だと普段考えていることがバレないように、細心の注意を払うため、生徒からの評判も今のところは悪くない。

ちなみに私は文系なので、古文や英語を教えている。日本の文化的な言語を教えた後に、海外の言葉について勉強するなんて、なんだか背徳感があるぜ。

先日、生徒のりょうた君(仮名)から質問を受けた。

「先生は今、大学何年生なんですか?」

そのまま答えようとするが、少しだけ躊躇する。そうだ、試しに何年生に見えるのか聞いてみよう。ウザがられるかしら。

「そうだねー、何年生に見える?」

「あー、それ年聞かれたら、俺も聞き返します」

よかった、ウザがられなかったようだ。そう言って笑った後、りょーた少年は私を眺めまわし(見つめられるとなんだか照れる)、しばらく悩んでから答えた。

「うーん、二年…?」

思わず心の中でガッツポーズをする私。よかった、若くみられたぜ。んん?ほんとは何年生かって?それは秘密でござんすなぁ。

真実を告げた後、りょうた君は質問を重ねてきた。

「へー、じゃあ就活とかはどうするんですか?」

SHU・U・KA・TSU!!

それってーとアレかい?社会に出るために必要な、あの狭い個室で年上の殿方と二人っきりになって、どこがイイのかとか、なにがヤりたいのかなんていうのを聞かれる、あのイベントのことかい…?中の中までさらけ出されて、時には恥ずかしい思いもすると聞く。

ちなみに、おそらく私のシューカツに対するイメージは、著しく間違っているので信用しないように。

「んー、どうだろー」と軽く笑って誤魔化す。まさか「将来のことは特に考えてないです」と言うわけにもいくまいて。実際、やりたいことなども特にないし、ふわふわと日々をおくっている。強いて言うならもうちょっと勉強したいかなぁ。

それにしても、彼はなぜこんな話をするのだろう。

「りょうた君は進路に悩んでるの?なにかなりたいものがあるとか」

「うーん、そうなんですよねぇ。やってみたいことがあるっていうか…」

本音を打ち明けるのに、抵抗があるようだ。おそらく本人の中でも、悩みとして形になっていないのだろう。とりあえず思ってることを言ってごらんと促したら、彼はぽつりぽつりとやってみたいことについて話してくれた。

「おれ、実は、パティシエ、とか、そういう学校に行きたくて。でも、そういうのって、大学出てからでも、やりたかったらやればいいじゃない、って、言われて。確かにそうだけど、とりあえずで、四年間、無駄にするのもなぁっていう。行くとしたら、理系の大学とか、栄養学が勉強できるところがいいなぁと思うんだけど…」

ふぬぅ、進路というのは、いつの時代も学生の頭を悩ませるものらしい。いや、自分には大学進学について、そんなに悩んだ記憶はないんだけど。

私は特にやりたいこともなかったので、ためしに勉強してみたいことを勉強しにきたという感じだ。当時の私はストレスに弱く、しょっちゅう腹痛と吐き気に襲われていた。そのため遠方の大学に行くつもりもあまりなくて、そのまま地元の大学に進学したのだった。なんとなくレールに乗っかったまま運ばれてきた感がある。

だって遠くの大学に進学なんて、すごいストレスだし。一人暮らし、見知らぬ人たち、新しい環境…当時の私には、それらが全て恐ろしげなものに思えたのだ。

メンタルに余裕ができてからは、バイトでお金を貯めて、大学の近くに引っ越した。一人暮らしは最高である。一人で暮らす方が、性にあっていたらしい。ビバ一人暮らし!

そんなわけで、りょうた君は自分の進路について悩んでいたのだった。うーん、難しいよなぁ。未来はいつだって不透明で、その選択が正しいかどうかなんて、やってみないと分からないのだ。

りょうた君とはその後、進路の話について盛り上がったのだが、私はどの仕事の話をしても「あー、いそうです」とコメントをもらった。スーツを来て落ち着いて働くような仕事なら、なんでもしてそうならしい。つまり私は、どこにでも居そうなヤツなわけだ。はっはっは。切ない。

彼はまだ、差し迫って進路を選ばなければいけない立場ではないので、これから親御さんとも話し合って決めていくのだろう。できれば私もその役に立ちたい。しかし、いまだにフワフワとしている私が、なんの力になれるというのだろうか。この浮きっぷりと言ったら、カールじいさんの家も一人で飛ばせそうである。

そうだ、妄想の力で彼の未来予想図を予想してみよう。私の五分間の妄想をエネルギー換算すれば、きっと日本中の電力を一か月まかなうくらいのことはできるだろう。

……。

……。

……。

………。

ダメだ、どこの学校に入っても、社会に出たとしても、運命的に男の子と出逢わせてしまう。学校で、レストランで、道端で、彼は運命という名の私の願望によって、ステキな男の子との恋に落とされる。テレビ番組でやっている落とし穴の企画より、よっぽど悪質ではなかろうか。

ううむ、どうやら私には、話を聞いてあげることくらいしかできることはなさそうだ。

まったく、世の中で働いている人たちというのは、ほんとうにすごいと思う。働いているというそれだけで、私にとっては尊敬の対象だ。

新幹線で隣に座っているおじさんも、街ですれ違うおばさんも、それだけの年月を重ねているのだ。私よりも多くの年輪をお持ちである。働いて、生きているのである。凄いことだ。

そんなことを、パソコンの前の座椅子に体操座りで構え、つらつらと文を書き連ねながら思う。

というより、私は人の進路よりも、自分の進路を気にした方がいいに違いない。

ああ、今この瞬間ドアを突き破って、ウェーブのかかった髪の毛に白い歯をきらめかせた笑顔で、私をさらってくれる王子様が現れないかなぁ。この身をささげることも厭いませんので、どなたかどうぞよろしくお願いします。

あ、ドアの修理代はちゃんと払ってね。