愉快な新歓コンパ
四月。そこには新たな出会いへの期待で、胸を躍らせる時。私が通う大学にも数多くの十代の若者たちが入学してきた。
にわかに大学内は若いオーラで満ち溢れ、どこにこんなに居たんだよ!と思ってしまうほどの数の人であふれかえる。学食は混雑しすぎて、もはや戦争の域だ。競争に弱い僕はこの時期、花粉症に耐えながら外で食事をする。いくら春とはいえ、四月の風はまだ冷たいぜ。
そして大学のそんな春には、おそらく数多くの人が経験したであろうイベントが待ち構えている。
そう、新入生歓迎期間という名の、部員争奪ゲームだ。
私が所属する部活も、そのゲームに参加し、今年は例年以上の部員を獲得することができた。
部室で行われる新入生歓迎コンパで、互いの苦労をねぎらいながら、盛り上がる私たち。もちろん新入部員たちへのお酌も忘れない。そんな中で、私はとある一年生とお喋りをすることになった。
「こんにちは、僕は霞といいます!これからよろしくね。君はなんて名前なの?」
「あ、どうも。俺はブン太っていいます」
ほうほう、なかなか言葉遣いもしっかりしているし、よさそうな子ではないか。やたらとガタイがいいので、私のタイプではないがな。私は背が低めでガッチリというよりは、背が高くて少しもっさりとしている方が好みである。決してものすごくイケメンではなく、クラスに一人ぐらいはいそうな男子にときめく。誰にも理解してもらえないのが、悔しくてたまらない。いいじゃんか!もっさり男子!
そんなことを考えながら、なんとなく会話を続ける私。この時点ですでに、新入部員の中にアイドル(詳しくは昨日の日記をご覧いただこう)を見つけていたので、彼とお近づきになる機会をはかっていたのだ。ぐふふ、仲良くなったら何を話そうかしら、声を聴けるだけでも満足だけどね。
そんな思惑とは別に、ブン太少年との会話は進んでいく。
「そういえば、ブン太君はなんで法学部にはいってるの?(ここまでで学部の情報は聞きだした)」
「ふふふ、なんででしょうねー、当ててみてくださいよ」
「(めんどくせぇー!!)えー、なんでだろ。弁護士になりたいとか?」
思わず心の中で雄叫びをあげる私。もしここがサバンナの広大な草原や、砂漠であったなら、四方に響き渡る大声で叫んでいたであろう。
しかし場所は、一年から四年まで入り交じる部室である。今年は新入部員が多いので、なおさら狭い。その人口密度たるや、隣の人間の匂いが漂ってくるレベルである。ちなみに隣には私のアイドルが座っていた。日なたのタンポポのような、乾いて甘い匂いがした。ブフーッ(鼻息)。
もちろん、そんな場所で叫ぶことなどできようはずもなく、会話を続行する私。我ながら健気である。
「うーん、違うんですよねぇー」
「へぇ、じゃあなんでなんで?」
「なんでかと言いますと…」
ここで彼は少し声を潜める。自然と耳を傾ける私。
「俺、公務員になりたいんですよ」
お前ッ…!!それは、そんなに引っ張ることなのか!!
そんな叫びとは裏腹に、にこやかに会話を続ける私。
「そっかぁー、志が高いんだねー」
「いやいや、そんなことはぜんぜんないんですけど」
「あれ、そうなの?なんで公務員になりたいの?」
「なんでだと思います?」
「……えー、わかんないやー」
もういい。それもういいから。
私の心の声が聞こえない彼は、やはり少しだけ間をとってこう答えた。
「いや、親が公務員だからですけどね」
自分の表情が能面のようになったのを感じ、顔をうつむける。そうだ、私の仕事は畳の目を数えることだった。今日も部室の畳の目の数を確認して、秘密ノートに書き込まなければいけないのだ。イチ、ニ、サン、シ、ゴ…。
会話を放棄しようとした私の状況を知ってか知らずか、ブン太氏は今度は私に話を振ってきた。
「霞先輩は、本とか漫画とか読まれるんですか?」
「本も漫画も好きだよ。最近は進撃の巨人とか面白いよねー。ブン太くんは?」
「俺は、戦闘というか、アクション物が好きですかねー」
「あー、そっか、○○とか?」
会話を続ける努力をする私。ああ、畳の目をどこまで数えたのか分からなくなってしまった。
ちなみに私はここで、誰もが知っている、週間少年ジャンプ系列の国民的少年漫画の名前をあげた。まぁ外れていたとしても、そんなに悪いことはあるまい。なんなら頑張って、このあたりの漫画の話題から話を膨らませるのもアリかもしれない。
そんな私の思惑をバッサリと切り捨てるように、ブン太氏は答えた。
「あー、俺○○は好きじゃないんスよ。ああいう、キャラを増やしたりどうこうしたりして、話を持たせてる漫画って、どうも好きになれないんスよね!」
きっさまあああああ!!!
謝れ!!漫画家の大先生に謝れ!!今すぐにだ!!
一緒に土下座してあげるから!!地面にその額をこすりつけて謝れよおおお!!
そんな内心の気持ちを押し殺して、再び能面となりつつある顔を、彼から背けた私。そしてその先には、私のアイドルがいた。
ああ、そうだ、私には彼が居たのだ。どんなに斜め上から切って捨てるような返答をされても、彼の笑顔さえあれば私は歩いて行ける。いわばオアシスだ。彼のことを今度からオアシス(仮名)と呼ぼう。
オアシス君は、私とブン太氏との会話を聞いていたらしく、「困ったやつですね」とでもいうような微笑みを投げかけてきた。能面のような表情が一転、だらしなく頬の筋肉が緩むのを感じる。でへへ、でへへへへ。
そしてそんな癒しもつかの間、ブン太は私の心に、最後の一撃を叩き込んできた。
「ていうか、こんな豪勢な歓迎コンパしてもらって、なんか申し訳ないです。あんまり奢られちゃったりすると、辞めづらくなりますよね」
ヤメヅラクナリマスヨネ?
痺れ毒をくらったカバのような表情になる私の横で、ブン太はなにやらコップをいじっている。
ヤメヅラクナマスヨネ…ヤメヅラクナリマスヨネ…ヤメヅラクナリマスヨネ…。
私の頭の中で響く、謎の音。なんだ、こやつは今なんといったのだ。
茫然とした私が、最後の癒しを得ようとオアシス君の方を見ると、彼は私にむかって困ったような笑顔を向けてくれた。ギリギリと軋む音をたてているのがわかったが、私もなんとか笑顔を返した。ああ、君が隣に座っていてくれるだけで、私の心は救われる。オアシスどころではない、マリアだ。君の笑顔は聖母マリアにも似て、ちっぽけな僕を優しく包み込んでくれるのだ。
打ちひしがれる私の横で、ブン太はもりもりとデザートを食べていた。
ちなみにそのデザートは、私が食後に楽しみにとっていた、ガトーショコラであった。