修学旅行の熱い夜

所用で、朝から京都まで足を運んだ。諸君は京都と言えば、何を思い浮かべるだろうか。仏閣?お茶屋?日本文化?

ノンノン、私の答えはズバリ一つ。「学生の街」である。

というわけで、用事があるとはいえ浮き立つ足取り。新幹線でちょちょいと本を読んでいる間に着いてしまうとは、すばらしい時代になったもんだぜ。

駅につけば、さっそく団体さんのおでましである。地べたに座り込んで、先生から指示を受ける学生たちの顔には、「そんなことより今すぐ自由行動したいであります」と書いてある。出先での興奮に、瞳をキラキラと輝かせ、気の早いやんちゃな男子などは、ほとんど膝立ちのようになっている。可愛らしいことだ。

そんな学生たちを後目に(10分くらい眺めていた)、まずは用事をすませねばと、いそいそと乗り換える私。ああ、京都の街並みはなんて綺麗なの、こんな街に住みたいわ。

うっとりと車窓からの景色を眺めた後、視線を車内に戻す。目の前には、海外からきたと思しき三人家族。さすが京都、異国の地から訪れる人も多いようである。

そして斜め前に視線をうつす。異国の夫婦。横に視線をうつす。異国のカップル。前に視線を戻す。なんと先程の家族が、通りすがりの異国の方と意気投合して、やたらと盛り上がっている。ていうか車両の中に、日本人が私しか居ない。

単身で敵地に乗り込んだ、戦隊モノの主人公のようになってしまった私を救うかのように、のんびりと社内アナウンスが響く。これが神の啓示か。

慌てて電車を降りる私の目の前には、なぜか円陣を組んでいる、これまた異国の方々。日本文化発祥の地が、そこを訪れる人々によって異国の地になりつつあるとは、なんとも皮肉なことである。

その後、どうにかこうにか用事を済ませ、再び電車へ。隣にはなんと、地元の男子高校生と思しき少年。背は中くらいだが、よく日焼けしており、黒縁メガネの似合う短髪ボーイである。

物理の教科書なぞを開いて、いかにも賢そうであるが、シャツの裾から手を突っ込んで背中をかく仕草から香る粗雑さが、いい意味で期待を裏切ってくれる。少年らしい滑らかな腰元の肌は、むしゃぶりつきたいほど瑞々しい。

おまけに隣に居るだけで漂ってくる、かぐわしき少年のかほり。洗濯物と、汗の匂いと、それから少しの雄臭さをまぜたような、甘い匂いである。筆舌に尽くしがたい、匂いフェチの私を惹きつけてやまぬフェロモン。

これはいうなれば、麻薬なのだ。吸えば吸うほど息苦しくなるのに、もっと吸いたくなる。

少年の匂いをひとしきり堪能したところで、京都駅に着く。せっかく京都まで来たのだから、駅ビルでも探索してみようかと足をのばす。

知らない方のために説明するが、京都駅には一階から十階まで、まっすぐに階段で結ばれた場所がある。エスカレーターもついていて、それに運ばれて十階までいくことだってできるのだ。

想像できるだろうか。七階や八階で振り返ってみれば、背後には地上までまっすぐに連なる階段があるのだ。高所恐怖症の者には、非常に恐ろしい眺めである。

そんなことを考えながらエスカレーターに運ばれていると、背後から元気な中学生たちが追い上げてきた。少年たちよ、元気なのはよいが、走り抜けるのはやめてくれたまえ。足腰の弱い私のようなものが、転げ落ちたらどうしてくれる。

心の声はもちろん届かず、はしゃぎまわる中学生。しかし一人、彼らに遅れてエスカレーターに運ばれながら、へっぴり腰になっている男子がいる。背が高くて体格もしっかりしているのだが、表情は今にも泣きそうだ。

先に上までついた少年が、彼に向かって「おせーよー!」と叫ぶ。野球部系の、短髪で健康的な色黒の少年である。背は低め。

「ま、ま、まって、俺高いとこ苦手で…」とへっぴり腰の少年がふらふらエスカレーターから降りたところで、なぜか手を取ってあげる色黒少年。身長差がずいぶんあるのに、片方がほとんど腰砕けなせいで頭の位置が同じである。「ばっかだなぁ、こわくねーって」と、手をつないだまま歩き始める。

私の目がギラリと光るのと同時に、班員とおぼしき少女たちの瞳も獰猛なものに変わり、笑顔が少しだけ不穏なものとなる。そうか、少女たちよ。そなたらも、私と同じカルマを背負っているのか。

以後、へっぴり腰少年をトウマ。色黒少年をコウタと置く。

「お前、昼間はほんとなっさけなかったよな~」と、風呂上りのトウマをからかう、コウタ少年。トウマはでかい背中を丸めて、「う、うるさいなー」とそっぽを向いてしまう。

ここは宿泊先のホテル。班員ごとの部屋にわけられ、トウマとコウタは二人部屋である。

トウマはホテルに備え付けの浴衣を着ているが、暑いせいで前を適当にとめており、肌も露わだ。濡れた髪のまま、惜しげもなく肌を晒すトウマの姿は、普段みることがないもので、少しだけドキッとしてしまう。

自分の中に生まれそうになった何かを誤魔化すために、「まー元気だせって!」と、後ろから抱き着こうとするコウタ。しかしその時、トウマがこっちを向こうと動く。ホテルのベッドのスプリングは、コウタのバランスを崩し、そのまま押し倒すようにのしかかってしまう。

「こ、こうた…?」

突然のことに戸惑って、自分の下で視線を泳がせる友人の姿に、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。ドクッ、ドクッ。

濡れた髪、上気した頬、露わになっている肌、戸惑う表情。それら全てが、コウタの未成熟な性への興味を刺激する。

「と、とうま、オレッ…!」

触れているところから伝わる体温が、体中の血を熱くしていく。そのままコウタは、自分より大きなトウマの身体の上へと自分を重ねた。

ふむふむズルズルッ、素晴らしい修学旅行の夜だムグムグ。あの少年たちが進展すればズッ、世界平和にまた一つズルズルッ、近づくことになるだろうゴックン。

伊勢丹の10階で蕎麦を食べながら、私は自分の中で少年たちの物語を完結させた。ちなみに修学旅行二日目は、前夜にあった出来事を意識しまくってしまって、いつも通りに会話できない二人である。彼らがなかなかくっつかないことに、業を煮やした同級生の女子(カルマを背負っている)が、二人を手助けする展開もありであろう。

目の前ではおばさんたちが与太話に花を咲かせ、私は蕎麦を盛大にすすりながら少年たちの夜に思いを馳せる。ああ、日本って平和だなぁ。