小噺

素直

大丈夫か聞かれて、大丈夫じゃないと答えられる人はどれくらい居るんだろう。少なくとも俺は無理だった。大丈夫じゃないなんて弱さの証で、言ってはいけないのだと思っていた。のっぺらぼうみたいな笑顔を貼りつけて自分にも他人にも大丈夫と言っていれば、…

死と睡眠

午前三時に痛みで目が覚める。 キリキリと針金で絞られるように胃が痛むのを、シーツにすがりついて耐える。少し伸びていた爪が布地にひっかかってめくれるが、指先の痛みが内臓の苦しさを忘れさせてくれる気がしてかまわず力を込める。 「だいじょうぶ、だ…

瓶詰めの死

中学生くらいのころから始めた習慣がある。 朝起きたらまず鍵のかかった机の引き出しを開けて、瓶を取り出す。それから枕元に落ちている髪の毛を拾い集める。丁寧に、一本ずつ。集めた髪の毛を瓶に詰めてもとあった机の引き出しにしまって、再び鍵をかける。…

花束を私に

あの、大丈夫ですか。 しとしとと雨が降る道端に佇む男性に思わず声をかけてしまったのは、その人があまりにも悲壮な顔を、まるで今すぐにでも車道に飛び出していくんじゃないかというような顔をしていたからだった。真っ黒な傘をさして真っ黒なスーツを着て…

神様、お願いします。

「自分が周りと違うことについて、違和感を持たなくなったのはいつから?」 そう聞かれて戸惑う。たしかに、昔は感じていた違和感は気が付いたら消えてしまっていた。これまでの俺はそれを当然のことのように受け止めていたけれど、よく考えてみればおかしな…

「悲しい」と「さみしい」

私は学生のころ先輩につれられて、とあるサロンに通っていた時期がある。そのサロンは商店街から少し外れたところにあるこじんまりとした店で、ドアのガラスから透けて見えるカウンターには店主の大柄な女性がいつもニコニコと笑いながら座っていた。大輪の…

夢を追う

だからさあ、俺は頑張ってたわけよ。なのにどうしてこうなっちゃうかなあ。俺の何が悪かったんだと思う。顔をアルコールで真っ赤にして管を巻く友人の言葉を聞きながら、自分も一口酒をあおる。そして今回の彼の落ち度を考える。特に思い浮かばないので「飽…